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2006年06月26日

笑芸日記一九九六―二〇〇五

高田文夫(ちくま文庫)。

まあタイトルどおり、連載(小説現代)をまとめた大衆芸能見物記で(白夜書房刊「渡る世間はシャレばかり」の文庫化)、加筆修正はされていると思うが全体に毎月書き飛ばしたものの採録という(いつもの)印象だが、さすがに10年分まとめて読むとずっしりくる。

三木のり平や小さん、志ん朝、柳昇、いかりや長介などなどが死んだ10年でもあるし、勘三郎、正蔵などの大名跡が継がれた10年でもある。自分が観に行った高座、映画、イベントなども採り上げられている。芸能とは関係ない事件もいろいろあったし、もちろん個人的にもいろいろあった。直近の10年なので、いろいろ思い出しながら読めるという点が、面白くもあり、感慨深くもある。

あと、巻末の人名索引は、17ページ、800人を超える。名前読んでるだけで面白い。アニータ、アニエス・B.、アニマルズ、姉歯秀次、という並びに笑う。

ところで、菅原道真と沢田研二と高田文夫の誕生日が私と同じというのは知っていたが、松浦亜弥も同じ6月25日とは、この本を読んで初めて知った(さりげなく?誕生日が近かったことをアピールしてしまった)。

2006年06月25日

松井冬子

やばい。久々にミーハー心に火が着いてしまったかもしらん。趣味悪いかしら。

http://www.theway.jp/fuyuko/

作品については、もう客観的な評価ができないような気がするが(笑)、インタビューで「身近な動物や友達が自殺したとき、その死によって自分は死ななくて済んだと思うことがある。ですから私のしていることは、全体的に「厄払い」に近い(笑)。幽霊画ももともと縁起物の一種ですしね。会場に来た人がはらわたをさらけだした女の姿を見て、「ああ、助かった」と目を覚ましたら最高だと思っています。」などとしれっと言っているところが、私としてはなんかスイッチが入るところである。

春くらいに展覧会が終わったばっかりのようで残念だが、ここ2年くらいでメディア露出が増えているようなので、少し雑誌類を当たってみたい。

夏に横浜美術館で展示があるそうだ。

2006年06月24日

快楽亭ブラック毒演会

先月に引き続き、浅草大勝館ショウホールにて。

ちなみに大勝館のメインステージは早乙女太一率いる劇団朱雀の公演だった。こっちも観たかったなー。

で、今日の毒演会は、古典の「万金丹」と、「全女湯屋番」「文七ぶっとい」の三席。吉川潮(立川流からブラックを除名させた張本人)の悪口とか、丸茂ジュンとブラックが牛次郎を通じて義兄弟であるという話などのマクラは面白かったが、全体になんか元気なかったかな。「文七ぶっとい」の展開の落差がやや足りなかったような印象だからか。

いや、ブラックはいつも通りだったのだろうが、多分、ゲストの元気いいぞうがキチガイじみたテンションだったので、勢いの部分のみ喰われた、ということだと思う。元気いいぞう、初めて観たが、清水宏をもう少し明るめに開き直らせたような芸風? この人もTV出らんない人だなー。面白いのに。ブログとかやっているけど、来月からホームレスだそうだ(居候先を追い出されるとの由)。大丈夫か。

ーーー
ところで、並木薮の入り口の、店内から見て左上のほうにものすごい間抜けな字で「ばそ」と書かれた額が飾ってあって、前から気になっていたので今日尋ねてみたら、里見とん(漢字が出ない)の書とのことだった。有名?

2006年06月16日

神田山陽イタリア留学中

だそうだ。

http://attico.net/sanyou/

講談ファンにしか用のない情報ですが、帰国後の高座が楽しみである。

2006年06月14日

意外に近い北千住

原宿(明治神宮前)からも、渋谷からも、恵比寿からも、実は地下鉄で乗り換えなしである。

東京メトロの広告ではありませんが。

で、大はしにて、肉とうふ、生しらす、煮こごりで御酒三合。煮こごりは鰆の玉子を使っていて、たいそう美味。極楽。たぶん年中あるものではないと思うので、賞味されたい方々は急がれたい。

ちょっと呑み足らず、駅近くの串揚げ屋を覗きにいく途中でキャバクラ攻撃にあえなく玉砕してすごすご帰宅する。あ、客引き攻撃ね。路地裏歩ってるとガタイのいい客引きにいきなり通せんぼされたりするので、ちょっと怖いのだった。

2006年06月13日

岐阜にて「河童」を観るまでの記

岐阜くんだりまで映画一本観に行く。東京からクルマで5時間。前泊。

宿にて朝起きて調べたら、映画館のホームページによると、午後1時半頃からの回があったので、昼飯後に映画観て帰途に着くことにして、午前中少し仕事したのち、正午前にチェックアウト。

昼過ぎ、映画館に着くと、「次の回は19時35分」と貼り紙がしてある。ん? 係員に尋ねると、「今日は中庭でライブがあって、映画をゆっくり鑑賞していただけないので、今日だけライブ終了後の上映となります」との由。



5時間も時間を潰さなければならなくなった次第だが、しかたがないので、岐阜城を見学することにした。天守閣からの眺めは素晴らしく(写真上)、たまたま前日に読んでいた米村圭伍「退屈姫君」シリーズの中に、四国の某小藩の藩主が天守閣から領地を眺めて「この美しい風景が、すべてわしが治める領国であり・・・/あの細々とした甍の下で暮らす民はみな、わしの領民なのだ」と感慨を語る場面があったが、なるほどと目で理解する。体力的には、なんとなく昨年末ボローニャのアジネッリの塔に昇ったときの後悔?を思い出したが、眺めの素晴らしさにも、その際と同じ感慨を覚えた。

ま、それはよいのだが―

5時間暇をつぶす原因ともなったその映画館の中庭でのライブ、確かに、青年がひとり、ステージに立っていた。エレキギターの弾き語りで、歌うは五輪真弓「恋人よ」であった。

鼻歌で「恋人よ」を反芻しながらクルマで岐阜城がそびえる金華山に向かい、多分これが城へのコースだろうと思って入った金華山ドライブコースを昇り切り、ここから城へは歩きかなと思って展望台に立つと、遥か彼方の別の頂に岐阜城が見える。狐に化かされた気分になる。

それは私の勘違いだったのだが―

いったんドライブコースから山を下りて、金華山を三周しても岐阜城の在処がわからず、長良川を二往復渡って、ようやく岐阜公園からロープウェイで昇るということに気付く。無事、城に到着したが、屋内は鉄筋コンクリート造りで博物館(鎧兜や刀剣類、手裏剣や撒き菱などの忍者用具、書画や陶器を展示)になっている。歴史上では城は1600年に失われているので、今ある岐阜城は鉄筋コンクリートで復刻されたものであった。

それは私が知らなかっただけだがー

ロープウェイは往復券を買ったのだが、ふと歩いて山を降りてみようと思い、ちょっと下ってすぐに後悔する。あんまり道になってない、どうやって降りてよいのかわからない箇所がしばし現れるのである(写真下)。




だがもう一度ロープウェイ乗り場まで登るのもなんなので、そのまま降りる。調子に乗って駆け下りて足を何度か挫いてみると、途中、別のコースへの分かれ道に「老人・幼児には無理です」と書いてあったりする。さらに「なんというすばらしい傑作だ 人間という奴は! シェークスピア」とか「もともと地上に道はない。魯迅」と大書きされた看板があったりして、もう意味がわからない。

登山道は「めい想の小径」と呼ばれているそうなので、そういうことかとあとで思ったが―

下り道は、途中ちょっと「河童が出そうなスポット」もあって面白かったが、下りてみればまあ険しい普通の山道だった。下りるといきなり明治天皇の巨大な銅像があり、その横に滝がある。少し滝を眺めて、写真など撮り、由緒のある滝かなと思ったら、平成元年に名付けられた「平成の瀧」という滝だった。

さらにふもとまで下りると織田信長の住居跡があり、立派な冠木門がある。これも感心して写真を撮ったのち、ふと門の横を見ると、「発掘調査では門の跡が発見されたことはなく、その位置・形は不明であるが(中略)雰囲気を伝えるため、往時の姿を想定した門を設置」したそうだ。

実はあんまり由緒のある物件はないのでは、と思いつつ―

再び映画館に向かう。映画館の近くに蕎麦屋があったので入る。メニューの一番最初のページに、「当店の自慢はお米です」と書いてある。案の定蕎麦は喰えたものではなかった。

蕎麦屋を出ると夜。蛙の声がかまびすしい。蕎麦屋も映画館も、田圃の中にそびえ立っているのである(写真下)。



ついでにいうと、田圃の中に(下北沢にもある)ヴィレッジ・ヴァンガードがあり、スポーツバーがあり、「Club Roots」というライブハウスがあり、石灯籠屋があり、フィリピンパブの廃墟があり、(多分)性風俗店が集う3階建てのビルがある(このビルの駐車場は満杯だった)。薮蚊も多い。ニューオーリーンズってこんな感じ、とか思う。よく知らないけど。ちなみにその性風俗店ビルの中に「Love for Sale m-flo'」という店があって笑う。怒れアーティマージュ(笑)。

で、ようやく映画が始まったのだが―

映画館の隣に位置する「Club Roots」では激しいロックのライブが催されていて、そのドラムとベースのサウンドが「河童」の映像が創り出す奇妙な静寂さの中に響き渡るのであった。ならば、五輪真弓に遠慮して歩き回ったこの5時間はいったいなんだったのー。

2006年06月10日

岐阜よあなたは遠かった

友人が主演する映画「河童」(芥川龍之介原作!)の首都圏での上映期間が終わってしまい、この土曜日から岐阜でかかるというので、気軽にひょいと東名高速に乗ってみた。

途中、まだかなと思って牧之原SAで地図買って驚いた。岐阜は名古屋の先であることが判明したのである。

判明したというか、知らなかっただけだが。てっきり浜名湖の少し山側かと思ってた。やはり日本地理は足で覚えるに限る?

まあ、来てしまったものはしょうがないが、帰るのが面倒くさいなあ。なんか、自転車で隣町より遠くに来てしまって泣きそうになっている子供の気分である。出かける前に、地図くらい見ておこう。

そして到着してから調べたが、岐阜は琵琶湖とか伊勢とか飛騨高山などには微妙に遠い。さあ今日映画観終わったらどうしよう。

2006年06月04日

北海道、美瑛/サホロ/旭山

友人のお誘いで、友人と友人の次男坊(三歳)、私と私の連れの4人で北海道に遊ぶ(6月3日、4日)。

▽6月3日(土)
旭川空港からクルマで一時間ほど、美瑛の宿(ペンション・ジャガタラ)に着いて、景色があまりにきれいなのでバカになる。



それからサホロの牧場(ウェスタン・ヴィレッジ・サホロ)で馬に乗る。楽しい。先週末ダービーですった腹いせに山ほど馬刺し食ってゴメンである。馬に乗って山道や川の中を進んでいる最中、ずいぶん(文字通り)道草を食われたりとつぜん駆け出されて焦ったが、概ね手綱のとおりに動いてくれたし、ゆったり歩く揺れが心地よいし、ちょうど気候もいい感じでとてもいい気持ちになった。むろん、馬が優秀だからなのだが、また乗りに行きたい。記念撮影してもらっておいとま。



宿に帰ってジンギスカンでビール、ワイン、ウィスキー。友人のご子息とも、ようやく仲良くなれた。

で、酔いに加えて移動と乗馬の疲れもあって、窓から月に向かってレリーズボタンを押した180秒のスローシャッターが切れる前に眠りに落ちた(そんな撮影をしようと思うのが酔っ払っている証拠である)。ちょうど真夜中(0時くらい)に撮ったはずだが、時間帯のよくわからない写真になった。翌朝見た撮影結果が↓。



▽6月4日(日)
二日目、朝4時に目が覚める。

庭に出て、ぶらぶらしながら庭や美瑛の丘の風景を撮影。



と、「Deixa」のサビをやけに熱心に吹き続ける口笛が聞えたのでそちらに向かってみると、同行の友人であった。

お互い異様な早起きに呆れて笑い、せっかくなのでと近郊をドライブ。水沢ダムを見物。




宿に戻って朝食後、友人のご子息に買ってきた誕生日プレゼントの“恐竜発掘キット”(恐竜の骨組みを石膏で固めたのを割ったり削ったりして骨を“発掘”し、組み立てて復元するおもちゃ)で遊んであげるも、かなり本格的な“発掘”を求められる代物で時間がかかり、骨一本がようやく姿を見せたところで飽きられる。

結局完成させずに出かけ(ごめんねー)、「マイルドセブンの丘」「兄弟の木」など名所を巡っているうちに五稜神社という神社があったのでお参りし(北海道の神社はみんなペンションのような社殿なのか? あと五稜神社は木製の赤い鳥居だったが、たまに金属製の鳥居を見かけるのは積雪対策か)、さらに山道を走っていると、周囲に何もない中に忽然とカフェが現れたので一服。旭山動物園への最短距離の道を教えてもらう。

で、話題の旭山動物園。TVで何度か見た「行動展示」は確かに面白いし、説明板や案内板が手作りなのも親しみやすくてよい。あと、案内係にご老人を積極的に起用し、来場者に安心感を与える配慮などにも感心した(多分人件費を押さえる効果も計算しているのだろうという話を、友人とした)。他にはないアイデアと、素朴な心尽くしによる居心地のよさが同居しているのが、全国で話題になるほどの成功の秘密かと思った(簡単にいえば)。規模は大きくないし、珍しい動物の数も少ないが、一日いても飽きないと思う。動物の種類の少なさも、人間が一日で気持ちよく処理できる情報量としてはちょうどよい按配なのかもしれない。

写真は、アザラシ館地下の透明アクリルの上下トンネルをアザラシが泳いで渡るのを待ち侘びる人々(私も写っている)。



帰りの飛行機の時間を計算しつつ、せっかくだからと旭川で旭川ラーメン食べて帰途に着く。景色、行動と遊び、初体験、食事、観察など、一泊二日の中にいろんな要素が程よく詰まったよい旅行であった。誘ってくれた友人に感謝。

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