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2006年11月25日

イントナルモーリ・オーケストラ

たまたま未来派のことを思い出して、ルイジ・ルッソロと彼の作ったイントナルモーリに思い至ったところ、ルイジ・ルッソロが作った騒音楽器のイントナルモーリ(学生の頃はじめてその姿をイラストで見たときは大笑いした)は第二次世界大戦で焼けてしまったが、秋山邦晴の多摩美のクラスが80年代に復刻したことがあるそうだ。そしてその復刻版を、2002年に大友良英ほか5人によるイントナルモーリオーケストラが演奏した音源がCDになっているという(大友良英のJAMJAM日記による。)。

で、Ontonsonというショップが扱っているのを発見し、購入。

イントナルモーリという楽器には「機種」があって、このCDで使われている機種は以下の6機種。

・Ululatore(ウルラトーレ)
人や獣が吠えたりうなったりする声。またはサイレンを彷彿させる。

・Crepitatore(クレピタトーレ)
金属音がぱちぱちと弾ける音。乾いた鋭い音。

・Scoppiatore(スコッピアトーレ)
2種類にわけられる。物が破壊したり崩壊する音。またはレース中の自動車の高速時から停止時までのエンジン音の変化。

・Rombatore(ロンバトーレ)
雷鳴の様な爆音が響く。持続的で豊かな音。

・Stropicciatore(ストロピッチアトーレ)
金属が擦れる際に生じる摩擦音。

・Ronzatore(ロンザトーレ)
ダイナモやモーターがうなる様で近代的な作業を思い起こす音。

(CDのジャケットに記載のクレジットより転載)

これらを6台全部使うアンサンブルもあり、1台だけのソロもある。CDのジャケットには各機種の配置図も掲載されており、ヘッドフォンで聴いているとそれぞれの定位でどの音がどの機種だか見当が付くように配慮されている。

各イントナルモーリはそれぞれ意外に気持ちのよい音がする。可愛いといってもよい。あんまり詳しくないけど、70〜80年代にいくつか聴いた、黒板を爪でひっかくような感触のノイズ・ミュージックとは趣きが異なり、妙な暖かみもある。知識抜きに音だけ聴いた感じでいうと、手作りのオリジナル・パーカッションのアンサンブルという印象か。演奏者のひとり大友良英の日記での「その軽やかなアコースティックサウンドは、とても騒音と言えるようなものではなく、むしろ素敵な響きのかそけき音の楽器にすら聴こえて拍子抜けした」という述懐に得心した。

圧巻はSachiko Mという(多分世界でただ一人の?)サイン・ウェイブ奏者がひとりで6台全部を奏でる2曲目の「Intonarumori」。なにせひとりで6台すべてを回りながら演奏するわけだから、5分強の演奏時間の中に無音状態と各1台ずつの音が交互に現れる。騒音の持つはかなさを感じさせられる名演といえよう。ほんとか。

と書いている間に、ようやく全曲聴き終えた。やはり私にとっては、極めて真面目に実行される手の込んだ冗談のような音楽である(褒め言葉のつもりです)。ライブ録音なので、一曲終わるごとに拍手が鳴るのだが、それもまた意外な感じで楽しい。演奏の様子も知りたいと思った。ライブ観たかったなあ。

2006年11月24日

ゲルマニウムの夜

花村萬月原作。大森立嗣監督(長編第一回)。上野・一角座にて。

大森立嗣は麿赤皃の息子とのこと。知らなかった。

宗教と神を試す、というのが主題のひとつだが、それだけではないとは思った。が、まだうまく整理できていないし、原作読んでないから、なんともいえない。主人公の朧(新井浩文)がなぜ宗教と神を試そうと思ったのかも、想像はできるが、明確にはわからなかったし、神職者や宗教組織の運営に携わるものたちがなぜ自分の性欲にあれだけ振り回されるのかもわからなかった(語りたいことを明確にするためのデフォルメだろうか)。

いろいろなことを考えさせられたり、しかし容易に語りたくはならない映像の力はかなりのものと思った。ユーモアを湛えてはいるが、人間を描く目はかなり醒めていると思う。

陽炎座

鈴木清順監督(1981年作品)。上野・一角座にて。

最初に観たのは封切りではなく名画座だったと思うが、いずれにしても10年以上振りである。

こちらが歳取った分だけ、すべてのシーンをストレスなく楽しめたし、じっくり堪能できた。歳取ってよかった。

これや「ツィゴイネルワイゼン」については、観ている最中どこか別の世界でたっぷり目を遊ばされ、映像に感応させられるのみで、至福の時を過ごしたという以外、語る言葉がない。何年か後に、また映画館で観たいと思う。

2006年11月17日

吉例顔見世大歌舞伎

歌舞伎座11月興行。幕見で夜の部の「雛助狂乱」「五條橋」「河内山」だけ観る。

「雛助狂乱」は、歌舞伎座では初演という珍しい舞踊で、主役の秋田城之助は菊五郎。筋書きによると、二世嵐雛助が寛政11年(1799年)に江戸市村座で初演したときには大当たりをとったそうだが、うーん、なんだかよくわからなかった。「狂乱した城之助が扇子で雪を払っているうちに捕り手が打ちかかって来るが、雪を払うように扇子で捕り手をうち払って行く」という背景は承知して観たが、それでもなあ。

続く「五條橋」は、いうまでもなく牛若丸と弁慶の立廻りを主題にした舞踊で、富十郎と鷹之資の親子共演。舞台の出来はともかく、鷹之資の牛若丸が可愛い。

「河内山」は、河竹黙阿弥の「天衣紛上野初花」(くもにまごううえののはつはな)の「質見世より玄関先まで」で、質屋の上州屋にたかりにいった河内山宗俊が、上州屋の娘が奉公先の松江候の屋敷で主の妾になれと押し込められているのを知り、二百両の礼金で娘奪還を請け負って、東叡山(寛永寺)の使僧と偽り松江家に潜入、見事救出に成功するというくだり。

團十郎の河内山の、煮ても焼いても喰えなさそうな悪党振りがカッコよい。上州屋で「ひじきに油揚の惣菜ばかりを食べてちゃあ、よい知恵も浮かぶめえ」と質屋の面々を小馬鹿にするところとか、松江家の玄関先で正体を見破られたときの開き直り、そして去り際に「馬鹿めえ」と残す捨て台詞など、なんだか知らないけど溜飲が下がる(特に上がってたわけではないが)。

#團十郎は、快気後の本格的な舞台復帰になるそうな。

松江候は三津五郎だったが、短気で怒りっぽい馬鹿殿ぶりはよかったものの、馬鹿に深みがなかったかな。えらそうにごめん。玄関先で河内山の正体見破って相対する奸臣北村大善を演じた弥十郎もよかった。

千秋楽は来週の25日だが、幕見で「河内山」だけ観るのもおすすめかな。昨日は割と空いていた。

−−−

ちなみに12月は、昼の部に近松門左衛門の「八重桐郭噺」や落語でもお馴染みの「芝浜革財布」、夜の部に福内外鬼(平賀源内)の「神霊矢口渡」や池波正太郎の「江戸女草紙 出刃打ちお玉」、黙阿弥の「紅葉狩」という演目。「芝浜」と「出刃打ちお玉」は菊五郎ってのがあれだが、つまらないギャグを入れなければよい。雀右衛門(86歳!)も出演(昼の部「勢獅子」の芸者役)。久し振りに前売り買おうかな。もう売り出してるが、買えるかなー。

セーフ

先日、実家が美容室だという友人と話をしていたら、道路拡張工事のため、その実家の美容室が仮店舗での営業を余儀なくされているという。

「それじゃあ、仮住まい美容師だね」とつい口を突いて出てしまったが、屋外での会話だったので周囲の音がやかましく、聞かれなかったようだ。セーフ。

2006年11月15日

ブラック・ダリア

ブライアン・デ・パルマ監督作品。ジェイムス・エルロイ原作(邦訳は文春文庫)。

いきなり話知っている人にしかわからない感想で恐縮だが、ラモーナ(フィオナ・ショウ)怖ええ。ラモーナの出番は少ないが、映画化した価値のかなりの部分がそこにあった(ほんとか)。

あと原作のストーリーを徹底的に刈り込んで、原作で描かれた場所移動もほとんど排した話の組み立て方とか、美術、衣装、メイクなどの絵創りは、映画化に際して成功したと思われる。一応原作読み返してから観たが、原作読んでない場合でも、俳優・女優陣の作品世界へのはまり具合とか(役者は総じてよかった)、話について行けなくても楽しめる要素は多いから、楽しめると思う。

でも観るならやはり、原作読んでからをお勧めする。今週一杯の劇場が多いが。

話は簡単にいえば、ブラック・ダリア事件という猟奇殺人事件と一人の女を中心に悪縁にはまっていくふたりの若い刑事のそれぞれ顛末だが(掻い摘み過ぎか)、主人公バッキー(ジョシュ・ハートネット)の悪縁の断ち切り方の描き方に、どうせせっかくの映画化なのだから、映画的なもう一工夫が欲しかったかな。ぎりぎりまで堕ちてからでもやっぱり引き金引くとか。この辺観たことのない人にもわかるように書くとネタバレになるので、わかりにくくてすみません。でもそのほうがラストシーンでよりスーっとかジーンとかできたような気がするが、もうそういうのも流行らないか。

(眠いので文章が変だが、書いたまま掲載しました)

2006年11月10日

奈良・西桐玉樹/お水取りの絵展

友人のお誘いで絵を見物に奈良へ。

この秋口に引越して生活を新しくし、そのどたばたの中でジョアン・ジルベルト来日公演に三日通ったりしたのは、今となっては私的には祭りの日々のようだったが、スケジュールの都合で、ジョアンの最終日を観て公演に同行した友人と呑んだのち夜銀座に一泊し、翌朝一番(6時)の新幹線で奈良という、祭りのフィナーレに相応しい、無駄に贅沢で慌ただしい旅である。

で、朝9時近鉄奈良着。二月堂まで歩いていて、途中でちょっと疲れて石段などに腰掛けて休憩してて、誰かの視線を感じると、たいてい背後に鹿がいる。気をつけよう、鹿があなたを見ている?

それはさておき、西桐さんは東大寺・二月堂で旧暦の二月に行われるお水取り(修二会)の様子を長年にわたり取材・スケッチしてきたとのことだが、その取材のある種集大成的な作品展。「大松明」や「五体投地・達陀・走り」、「過去帳読み上げ」「三千遍礼拝」という、キャンバスにアクリル絵の具を大胆かつ速度感たっぷりに塗った、モチーフの持つダイナミックな動きを内包した作品に感銘を覚えた。

画家のblog

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昼、奈良の有名な「玄」にて、西桐さんに蕎麦をご馳走になる。東京で好んで食べる蕎麦に比べると、より一層の繊細さが際立つ蕎麦だった。東京の蕎麦にいささかの乱暴さを覚えるほど(それはそれで、もちろん大好きだが)奈良を訪れたらまた寄りたい。しかし場所を覚えるのが難しい。

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その後二月堂に戻り、裏山を散歩していたら皆にはぐれる。奥に分け入って行くと、ちょっとどこかこの世でないところに連れ去れそうな雰囲気。酔っ払ってたからかもしれないけど。面白い。

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二月堂をお暇して、県立美術館で「応挙と芦雪」展を見物。その後興福寺国宝館で仏像見物。やはり千手観音は最高である。あと阿修羅像も可愛い。レプリカでいいから一体欲しいなあ。

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で、夕方になり飯でも、となったが、街を歩いてもピンと来る店がない。奈良漬けの老舗風の店で「この辺でうまい飯はないか」と尋ねると、首を捻りながら一軒の“東京風鰻屋”(なぜ奈良で)を教えてくれたので行ってみるが、30分近く歩いて到着してまず遭遇したのは、冷めて生臭い骨せんべいと黒こげの白焼き。同行の友人と、山椒をたくさんかけると生臭くなくなるし舌と唇が痺れて面白いねえ、などと遊んでみたが、それ以上頼む気にならずお勘定。

その後よさそうなおでん屋を見つけたので、もう少し呑んでから奈良をあとにする。

今回の旅もいろいろ面白かった。

2006年11月09日

最後の奇跡・四日目最終日

ジョアン・ジルベルト来日公演最終日。

気の所為かもしれないが、ギターのドライブ感が昨日よりも増したように思った。アコースティックギターは特に、ドライブするとギター以外の音が聴こえて来るものだが、今日も曲や曲内のパートによって、ジョアンのギター以外の、パーカッションやコーラス、ストリングスやチェロなどソロを取る楽器まで、いろんな音が聴こえた。

眼鏡がずり落ちたりコードを間違えてエンディングだけ演り直したり、ちょっと波乱含みのステージだったが、今回の来日で三回観たなかではベスト。もっと聴きたい。

2006年11月08日

最後の奇跡・三日目

ジョアン・ジルベルト来日公演三日目。

7時の開演予定時間ちょうどに、「ジョアンが会場に着きました」とアナウンス。どちらかというと客入り待ちで、30分押しでジョアン登場。

一日目が全31曲、二日目がアンコール二回の全33曲だったそうだが、この日曲数は数えていなかったものの、終わってみればほぼ10時ちょうど。二時間半ものパフォーマンスであった(ちなみに二日目は二時間ちょっとくらいだったようだ)。

そして、演奏が進むにつれだんだん調子が上がってくるのがすごい。例の足の揺れ(のってくると出て来るやつ)も、後半のほうが数が多かったと思う。淡々としたギタープレイの中にふと見せてくれる技も、(たとえば「三月の水」など)後半際立っていた。感激。

この日ご一緒したo2さん(ジュリエッタ・マシーンのギタリスト)によれば、「前回観たときよりギターが進化している」とのこと。75歳にして進化である。驚愕。

本日の最終日も、楽しみだ。

2006年11月04日

最後の奇跡・初日

ジョアン・ジルベルト来日公演初日。有楽町・東京国際フォーラムにて。

開演予定時間を30分くらい過ぎてから、「アーティストは今ホテルを出ました」というアナウンス。笑う。

過去二回の来日公演は観ていないので、これがはじめて体験するジョアンの生演奏、「ゲッツ/ジルベルト」を買ったのは確か高校生のときだから、25年経ってようやく会えたわけだ。生きててよかった。

「最後の奇跡」という来日公演の副題や75歳という年齢、そしてボサノヴァというジャンルの音楽性から、なんとなく枯れた演奏を想像していたのだが、全然枯れていないのでびっくり。素晴らしい。「最後の」なんて、たちの悪い冗談のようである。

落語好きの人なら、(ジョアンと同い歳の)川柳川柳の高座を思い浮かべてもらえると、その枯れてなさを想像していただけると思う。

あと、CDなどの音源で聴く場合、自分で音量をコントロールできるし、ピアニッシモの神様みたいな評価もあるから、つい音量を絞って聴いたりするわけだが、実際の歌と演奏は耳をそばだてねばならないほど小さい音ではなく、むしろ音源で聴くより力強かった。

二日目は行かないが、あと二回、楽しみである。

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ものすごい楽しかったので、終演後の酒も進み、呑んでいる最中は覚えているが店を出てからの記憶がなく、朝起きたら上着を着たまま寝床に潜り込んでいた。そしてその日履いていた靴が寝床の脇に揃えて置いてあった。目を醒まして朦朧としながら、タカ&トシに欧米かよ、と突っ込んでほしいと考えた。失せものはなかったが、起きたあとなかなか見つからなかった眼鏡は、なぜか玄関に置いてあった。

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