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2006年12月25日

上野鈴本・お笑い師走会(24、25日)

24日(日)、有馬記念外した腹いせに、三遊亭天どんと三遊亭白鳥を見物に行く(外したのはホントだが腹いせはウソ)。

天どんは、クリスマスに泥棒が、忍び込んだ家の父親に“なりすます”のを、二人組みの刑事が見逃す、という地口落ちの人情?噺だが、天どんが演るとなんだかよくわからなくて可笑しい。相変わらず変な芸風だなあ(円丈の弟子)。まだ二つ目のようだが、密かに注目しているひとり。

白鳥はクリスマスイブに相応しい噺、とまくらを振って「死神」。一応クリスマスバージョンということで、人間の寿命を司るろうそくが全部消えたあと(普通はこの辺で落ち)、死神の秘密を人間に教えてしまった死神が責任を取ってキリストに転生、と展開するのだが、その取ってつけたような展開が面白かった。

あとほかに、桃月庵白酒「宗論」が、スピード感とか笑いの爆発力のバランスがよくて(決して爆笑という感じではないのだが)、面白かったかなあ。

以下、他の出演者と演目。

三遊亭歌すみ「道灌」
仙三郎社中 曲芸
古今亭菊之丞「紙入れ」
大瀬うたじ・ゆめじ 漫才
橘家文左衛門「千早ぶる」
太田家元九郎 津軽三味線
花島世津子 奇術

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25日も、仕事早仕舞いして、律儀に前座からきっちりと。

天どんは昨日と同じネタ。特に練れたという感じもなく、テンションも同じ感じ。手抜きでもなさそうだし、つかめないなあ、この人。

喬太郎は有馬記念直後ということで、貧乏な競馬騎手と元バレリーナの若い夫婦を描いた「純情日記中山編」。人情噺に寄り過ぎないところがよかった。満足。

白鳥は「牛丼晴れ舞台」。町の牛丼専門店(チェーン店でない)の伝説の牛丼職人が新しい弟子に牛丼作りの極意を教える、という噺だが(粗筋だけ書くとつまんない噺みたいですみません)、弟子が牛丼の鍋の中に顔を沈められると、玉葱と牛肉の会話から牛丼作りの極意を得る、というところがバカバカしくてよい。作詞作曲も自分で手掛けたという挿入歌は、自身のホームページによれば、「CD化されるまで歌う」とのことだが、歌は下手だったなー。

以下、他の出演者と演目。

春風亭一左 「初天神」
花島世津子 奇術
五明楼玉の輔 「宗論」
#やはりクリスマスだからか、昨日の白酒に引き続き。こちらは昨日の「世界エホバ教会スンニ派」みたいなノリではなくてほぼ古典通りと思ったが、下げに細川ふみえを出してきたのは面白かった。まあ今時細川ふみえというのも古いけど。
林家二楽 紙切り
#OHP(笑)を使用。ちゃんと比べたわけではないが、正楽など他の紙切りと少し作風が違うような気がした。そろそろ勇気?を出して、ちゃんとリクエストして切ってもらうようにしようかなー。
柳家紫文 三味線漫談
#はじめて観たが、ちょっと苦み走ったいい男風の風貌、つま弾く三味線の粋さ加減からは予想もつかない、実にいい感じにくだらない漫談だった。ファンになる。
橘家文左衛門 「のめる」
ロケット団 漫才

2006年12月08日

吉原大門中江の桜鍋(けとばし)

友人が熊本で、馬づくしを中心に土地の味覚を堪能したという話を聞いてあまりに!悔しくなったので、上野で映画(外科室)を観たついで、吉原大門まで足を伸ばした。

たまたま先週、久し振りに種村季弘「江戸東京《奇想》徘徊記」を読んだ所為もある。「18 吉原紅燈今昔」に中江が登場する。

まず桜肉の佃煮でビール。そのあと御酒に変えてロースの桜鍋をつついたが、あまりに美味いのでロースをお代わり。ここのところそれほど肉を欲していなかっただけに、珍しい。訪れる途中では、樋口一葉のことを考えながら鍋をつつこうかとも思っていたのだが、食べ始めたら思い出しもしなかった。

野菜(今日は小松菜)も焼豆腐もしめじもさらったあとの割下に玉子を溶いたのを、ご飯にかけて〆。

気分がよいので浅草まで歩き、地下鉄から小田急線に乗り換えて、また梅ヶ丘で途中下車して家まで歩く。

桜なべ中江

外科室

坂東玉三郎監督(1992年作品)。泉鏡花原作。上野・一角座にて。

観ようかなと思ってどんな話だったっけ、と検索してみたら、 青空文庫がテキスト入力したPDFを発見。短い作品なので先に一読してから映画を観る。

過剰な描写・演出を排した美しい映像ながら、原作の描写の虚を突かれるような鮮やかさ、心地のよいスピード感には敵わなかったと思うが、高峰医師(加藤雅也)と貴船伯爵婦人(吉永小百合)が九年前にたった一度だけ目を見交わしたが故の恋を成就せんと外科室(手術室)で繰り広げる一瞬の火花のようなシーンは、(吉永小百合が苦手な私にも十分)エロチックだった。

また冒頭に原作にはない白蛇のエピソードをあしらい、やはり原作には登場しない小石川植物園の老園丁(らしき人物)を登場させることによって、原作にはない少しウェットな感じを醸し出していた点で、映画化した意義を獲得していたように思う。

ちなみにその小石川植物園の老園丁(らしき人物)は、新派の伊井義太朗という俳優が演じており、植物園のベンチに腰掛けて主人公の画家・清長(中井貴一)の話を俯きながら聞いているだけの芝居に妙に涙を誘われたので注目したのだが、奇しくも今年の10月に亡くなったとの由。

2006年12月06日

十二月大歌舞伎

昼夜通しで観てみました(昼は三階Aの当日売り。夜は一階東桟敷)。

まず昼の部。近松作「八重桐廓噺」(「嫗山姥」の二段目)がいきなりよい。大坂の遊女だった荻野屋八重垣(菊之助)が、父の仇を討つために離縁されたはずの夫、煙草屋源七実は坂田蔵人時行(團蔵)が女に現を抜かしているところにばったり出会い、その不実を詰ると坂田時行がやおら切腹。その臓腑を引きずり出して腹中の魂を八重垣に飲ませると(ここのところは象徴的な描写のみだが)、八重垣にいきなり神通力が宿り、恩人源頼光の敵藤原高藤の配下である太田十郎(亀蔵)とその手下どもを超人的に追い散らすという、いきなりな展開がたまらない。菊之助の八重垣は、色っぽいながらも“男”が透けて見えるような気がして、だから却って色っぽいのかなあと思って観ていたが、坂田時行の魂が宿ったのちに時行の魂と八重垣ふたつの人格が交互に出て来るところであ、そうかと勝手に得心した。よかったー。しびれた。しかし朝からすごい芝居やってるなあ。

続く「忍夜恋曲者 将門」は、平将門の娘滝夜叉姫(時蔵)と、将門の残党を平定するよう源頼信の命を受けた大宅太郎光圀(松緑)の対決の場面。傾城如月を名乗った滝夜叉姫が正体を現したのち、屋台崩しがあって大蝦蟇が登場する、というだけで、個人的にはOK。松緑、若手の中では結構好きかも。時蔵とよく渡り合っていたと思う。

「芝浜革財布」も楽しかったが、これは絵をいろいろ想像できる落語のほうがいいや。あと、役者がいろいろ出てくるよりも、登場人物ができるだけシンプルなほうが話のポイントが浮かび上がって来るのでは、と思った(政五郎と女房おたつの会話だけで成り立つ話だし)。「勢獅子」はまあ目出たい踊りが観られるというだけの作品だが、大正生まれ、芸歴80年!の雀右衛門が出て来たので(芸者役)思わず手を合わせる。

続いて夜の部は、福内外鬼(平賀源内)作「神霊矢口渡」。新田義興を暗殺した竹沢監物の謀に加担した矢口の渡守、頓兵衛(富十郎)の家を、奇しくも義興の弟義峯(友右衛門)とその恋人傾城うてな(松也)が訪れる。と、頓兵衛の娘お舟(菊之助)がたちまち義峯に一目惚れ、新田義興の弟と知りながら、自分の身を犠牲にして義峯うてなを逃がすという話。義峯と誤って頓兵衛に斬られながら、なおも義峯を逃すために偽の“落人を生け捕った合図の太鼓”を鳴らす終盤が壮絶。菊之助いいなあ。あと竹本清太夫の浄瑠璃は相変わらずグルーヴィーでカッコよい。

池波正太郎作「出刃打お玉」は、もともと七世梅幸への当て書きとのことだが、どちらかといえば芝居で観るより、今となっては池波正太郎の筆で小説化したものを読みたいと思った(立風書房から出てなかったっけ)。面白かったけど、菊五郎の“おふざけ”が好きじゃないのかもしれない。

「紅葉狩り」は、更科姫(海老蔵)が全然女に見えなかった。更科姫から戸隠山の鬼女に変わる一瞬は面白かったが、鬼女に変わったあとはまるで男。カッコいいといえばカッコいいのだが。なんか釈然としないなあ。あと尾上右近(山の神様役)は声変わり中?(平成4年生まれ) あ、あと團十郎の長女(つまり海老蔵の妹)市川ぼたんが出演していた。海老蔵の女形が大造りに見え過ぎるのは、本人がでかい上に本物の女が同じ舞台にいたからのようにも思う。

昼の「八重桐廓噺」と「忍夜恋曲者」、夜の「神霊矢口渡」は、もう一回くらい観たいな。観るかも。

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