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2013年03月31日

3月まとめ(21〜31日)

21日(木) そんなに呑んだつもりはなかったが、起きたら帰り道の記憶がなく、若干宿酔い気味→風呂→風呂から上がったら宿酔い少しひどくなり、お吸い物だけ飲んで横になる→午前11時半、尾形実家に出発→吉祥寺で買物→途中気分悪くなり、バス途中下車→尾形実家でうどんと天ぷらいただく。その後お義父さんと酒。とっときの酒をふるまってくれてうれしい。お義母さんもお元気そうでよかった→午後4時過ぎに辞して新宿。軽く晩にしてから『Tokyoてやんでぃ』二回め。一回めと同じように楽しめた→主演後、神田監督の座談会(お相手は映画監督本多隆一)に偶然当たる。いろいろ興味深い話が聞けた→経堂でまことや→『最高の離婚』最終回。面白かったが、最後がちょっと屈託なさ過ぎかな→風呂→本日の対談のテープ起こしとまとめ。趣味のテープ起こしである→午前3時過ぎ就寝。
22日(金) 朝9時半起床→風呂、洗濯→『寄席手引』発売になったとの由。慶ばしい→TwitterとFacebookで告知したら、反応あり、早くも一冊売れたりもして、とても有り難い→買物がてら、武家でお好み焼きで一杯→靴下買ったり、蕎麦手繰ったりもしてしまった→帰宅後昼寝→晩は呑まないつもりがビールは呑んだ→0時頃就寝(結局3時頃)。
23日(土) 午前10時過ぎ起床→風呂→西桐画伯来訪のため、掃除→掃除終わって(いや途中から)一杯→18時前画伯到着→一杯やってからくどう。久々、満足→夜10時頃就寝。
24日(日) 朝7時半起床→風呂なし→Sukiyakaリハ→アコーディオンの人初参加。よい。今日は自分も、いつもより気持ちよく演奏できた→ソルタナで昼食後、いったん帰宅→画伯と尾形と三人で歌舞伎の『達陀』の録画見てあれこれ言いながら笑う→小田急線と井の頭線の乗り換えは、エスカレーターで歩かなくても3分くらいだし、すぐ慣れそうと思った→トラウマリスにて、話とんとんと進み、笑い、いろいろ決まった。よかった→経堂に戻り太田尻家で晩→風呂入って午前3時頃就寝。
25日(月) 朝9時半起床→朝飯拵えるも誰も起きてこず→結局うちでは食べず、JazzKeirinに行くことになり、豪徳寺廻りで下高井戸→JazzKeirinのビールなくなり、持ち込みさしてもらう。画伯もうどんに満足。よかった→ポエムで珈琲→明大前で画伯を見送り、我々は下北沢。駅の様子を観察がてら、送別の品を探すが、めぼしいものなし→経堂に戻ってから購入→帰宅、お茶、『泣くな、はらちゃん』最終回。ほのぼのとしながら、その所為で余計にホラー的な不気味さや怖さが後味として残った最終回だったが、『最高の離婚』もそうだったが、ずっと面白かった割には、最後がピリっとしなかったな。実のところはどうだか知らぬが、最終回に向けたまとめ方をあまり考えずに撮影を進めていたような印象がある→遅い午睡→夜11時半起床→晩飯→昨日の録音編集→午前4時就寝。
26日(火) 午前11時起床→風呂。日常に戻った→昼→『寄席手引』の宣伝活動→山口さんより電話あり、画伯と連絡が取れなくなった、とのことだったが、高崎で映画観ていることがわかり、一安心→Bar Issheeが行き当たった物件がアコースティック・アートのビルの二階であることがわかり、びっくり。機会があれば双方紹介できたら面白い→東京アチコーコーにて、若い友人の送別会。彼女も含め、趣味嗜好は似ているのにそれぞれ個性的な人たちが集まっているのが好ましいなあと、よく思う。楽しくて、あっとう間に4〜5時間経っていた→泡盛5〜6杯(もっっとか?)呑んでまあまあ酔っ払った。帰宅後すぐ就寝。
27日(水) 昼起床。宿酔い→ナポリタン食べたら回復→風呂→湯冷めしたので二度風呂→晩酌して寝る。夜10時くらい。
28日(木) 夜中何度か起きて、朝9時半起床→朝食制作→風呂、洗濯→mixi日記整理(2007年分)。あと5年分だが、日記書いた日数はだんだん減ってきている→おやつ食べ過ぎ→さらに夕食は、いろいろ面倒になってピザ取ることにした。ピザ職人ゲームで10%オフにしたのがせめてもの労働→食べ過ぎ呑み過ぎで、9時頃就寝→4時頃起床。尾形の仕事の資料集め→朝5時再び就寝。
29日(金) 朝10時起床。合計睡眠時間は充分なはずだが→レンタルサーバー代支払い→風呂→朝食→銀座→お隣の赤ちゃんの生誕祝いを購入→スイスでカツカレーとカキフライ、ビール→アップルストアで尾形のMacBookのバッテリー交換。予約させられるのに10分待たされ、店の若い人がみなスターバックスで珈琲飲んでそうな感じなので腹を立てたが、対応は親切でよかった。でもやはり、学校でクラスが一緒だったら仲良くならないタイプの人たちばかりの気がしたな。偏見です→ギャラリーもりもとで池永君の個展見物。今までのような、ごくごく薄い紗が一枚かかったような画面から、コントラストが高めの画面に変わっていた。画家いわく、評判は悪いそうだが、私はいいと思ったな→総勢7名でお多幸。5時間の飲酒とバカ話→記憶能力終了。尾形もいたので、無事には帰った。
30日(土) 終日宿酔い。激しい下り腹。夕方5時過ぎまで寝床にいた→dressにて、今日は客として、江藤直子×加藤道明のライブを鑑賞。いろいろ心動いたが、今日も演奏されたミヨー『ブラジルの郷愁』は、いつか全曲の演奏会をやってほしいと思う→大津さんの紹介で、渋谷の東にお住まいの方とあの辺りの懐かしい話に花を咲かせたが、明日も早いので赤葡萄酒三杯で失敬→風呂→午前3時頃就寝。
31日(日) 朝9時前起床→洗車→朝食→クルマで出掛け、父を拾い、久々に川松で鰻。尾形家、尾形父上方の叔父上、尾形姉一家が集まる。クルマなので呑めなかったが、その分鰻重を1.5人前食べた→尾形実家でお茶をいただき桜を眺めたのち、父を送って帰宅→久々にパワーラークスを覗いて買物→帰宅後、お隣にお誕生祝い渡す→風呂→ようやく酒→夜9時頃就寝。

2013年03月30日

江藤直子×加藤道明

於渋谷dress

江藤直子 (pf&vo) / guest 加藤道明 (g)

それぞれの曲と、ジョビン、ミヨー、ジョアン・ドナート。

加藤道明はギターのほかラップトップも演奏(アンコールの終わりに口タブラも披露した)。

美し珍かな響きが印象に残った。

その他はまたおいおい書くが、ミヨー『ブラジルの郷愁』は、全曲演奏するライブも聴きたいな、と思った。

2013年03月21日

TOKYOてやんでぃ 監督座談会

本日、ふと時間が空いたので、新宿K's Cinemaにて、『TOKYOてやんでぃ』二回めを観てきた。

そしたらたまたま、本作の神田裕司監督と、同じく映画監督の本多隆一氏との対談の回に当たった(18:45の回)。原作である芝居をどう映画にして行ったかなどの話は話題にも出ず、また質疑応答がなかったので伺えなかったが、その他いくつか興味深い話も出たので、箇条書きで簡単にまとめてみた(文中敬称略)。

#話者ご本人方の確認を経たものではないので、発言内容や発言意図が異なる部分があるかもしれない旨、予めお断りしておく。

で、神田監督いわく—

・本作は、最初、自主映画で撮ろうと思った。二年前の大震災と前後して、映画の世界で自分ができることはもうないような気になっていて、じゃあ最後に一本監督をやろうかなと。なら、最近ほとんど見かけなくなったドタバタ喜劇で、生きるのが下手な人たちを自分の好きなように描いてみたいなと思った。

・で、実際に制作準備を始めたら、以前から交流のあったラサール石井はじめ、若手、大御所、有名所、個性派などなど様々な俳優の方々が手弁当で手伝ってくれた。現在、こういう台本がなかなかないこともあって、最終的にこれだけ豪華な面々に協力してもらえたのだと思う。

・主演のノゾエ征爾については、自分は一本釣りで大いに期待した存在だったんだけど、本作のプロデューサー側は映画の人たちだから、ノゾエ征爾についてよく知らず、売れてるイケメン俳優で行こうよ、という意見も多かった。それじゃあつまらないし、それを説得するのに、ノゾエ征爾は今演劇会で大注目の若手で、近いうちに岸田國士戯曲賞を取るような存在だよ、などとはったりを言っていたら、撮影中に本当に岸田賞(第56回。第23回劇団はえぎわ公演『○○トアル風景』で受賞)して驚いた。

・仕上がった作品を観ると、カット割が細かく見えることもあり、何十日かかけて撮ったと思われることもあるが、撮影日数は四日(ラサール石井のシーンに関しては三時間弱で撮影)。予備さん役の伊藤克信に至っては、台本を読みながら何度も「これ四日じゃなくて40日で撮る、の間違いだろ?」と確認していたが、実際に一回も徹夜せず、夜8時には撤収の一日10時間×四日で撮り終えた。

・寄席や落語を描いた映画は多数あるが、観ていていつも違和感を覚えるのは、高座のシーン。本物の高座にはどうしたって敵わないし、俳優がどんなにうまく高座の芝居をしても、それはやはり、落語の厳しい修行と高座を何年もの間経験してきた落語家の高座とは異なる。

・それと、ひとつのシチュエーションの中で、一幕ものとして、いろいろな人たちが出たり入ったりする群像を描きたいという希望もあった。

・ということを考えた結果、自分の好きな映画のひとつである、法廷を見せない『12人の怒れる男』のように、高座を見せずに楽屋の群像を描くというテーマに挑んだ次第。

・企画段階では、それでは保たないからミステリーかホラーにしろという意見も多かった。が、楽屋に出入りする芸人というのはそれぞれにそれぞれの特徴があって面白いわけだから、キャラクターをきちっと作りさえすれば、その出入りで飽きずに楽しんでもらえる話が撮れると思った。

・また、カメラに関しても、手持ちで常に視点が動いているような撮り方で、観客があたかも画面の中の楽屋にいて一部始終を見ているような演出を目指した。(筆者註:監督自身は語っていなかったが、常に被写界深度が浅くひとつの画面内で焦点が合っている被写体が極めて少ないという点も、その場にいるような視線の演出に役立てているのではないかな、と思った)

・この二点を追求することで、一幕もののドタバタ喜劇としても充分楽しんでもらえると考えた。

・目指したのは、芝居が台本の文字に添って展開されるようなコントではなく、ドタバタ喜劇。役者にも、台本から読み取れる“期待された演技”ではなく、こんなときにこんな反応をするか? という芝居をしてもらった。そのほうが却ってリアルだから。どちらかというと、ベテラン俳優のほうが形ができていたり台本から期待されていることがすぐにわかるから、苦労されたと思う。が、やっているうちにこちらの意図を充分理解してもらえた。

・終幕の小松政夫が、この映画のすべてを持っていってしまうという印象もよく聞くが、小松政夫自身、どうしても喜劇役者になりたくて、セールスマンをやめて植木等に弟子入りしたような人だから、台本の最後の部分(主人公が師匠である小松政夫に破門を言い渡されるように、一瞬思える場面)を読むとどうしても泣いてしまい、先に進めないと言っていた。ほんとうは、小松政夫の役(主人公の師匠に当たる落語家)は別の俳優がやる予定だったが、小松政夫からの希望もあり、紆余曲折の末に最終的な配役となった。

・小松政夫の最後の見せ所の場面は、本当は落語の師匠ならもっと軽くいなすところだと小松自身から意見があったが、映画的にはそれまでのだらだらした流れをぐっと締めたいと思い、敢えてああいう重い演出にした。それが却って、だらだらと展開するドタバタ喜劇の果てに、生きるのが下手な人たちにも希望があるんだよ、生きてさえいればいいことがあるんだよという、終幕の清々しさにつながったと思う。

2013年03月20日

3月まとめ(11〜20日)

11日(月) 朝7時起床→風呂、洗濯→ビール→契約について返答もらったのでさらに返信。まあ、落ち着くところに落ち着くだろう→晩飯作る。適当に作ったカレー味の野菜炒めが意外にうまくできた。手順をまとめてみたが、まとめてみると書くまでもなかったな→旅支度をしていたら、なくしたと思っていた(そしてそのまま忘れていた)Logicのインストールディスクが忽然と現れて嬉しい→0時過ぎ就寝。
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適当に作ったカレー味の野菜炒め

キャベツ、ニンジン、ピーマン、ニンニク、ツナ缶
塩、胡椒、インディアン印カレー粉、クミン、韓国唐辛子、ごま油、酒

01 中華鍋にごま油敷き、火を着けたらすぐにニンニク投入
02 油が温まってきたらニンジン投入
03 一渡り火が通ったところでキャベツ投入
04 しばらくしたらツナ投入
05 酒を振り、その他調味料で適当に味付け。カレー粉は少なめ、風味付け程度か
06 最後にピーマン投入

※キャベツはすぐに火が通るので、03以降は手早くしたほうがいいかもしらん
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12日(火) 朝7時半起床→風呂→9時半過ぎ出発→新幹線にてカレーパン、ミックスナッツ、ビール。新幹線の中でベーシスト大川俊司氏の訃報を知る。先週とてもよいライブを拝聴しただけに、やりきれない。とりあえず、3本めのビールを追加し献杯→午後2時過ぎ京都着。新福菜館にすんなり入れて、中華そば(小)とヤキメシ→午後3時半奈良着。スタンド千ぐさ跡を見物。これも哀しい→奈良町の裏通り通って宿(サンルート)着。チェックイン謎の待たされ→部屋に入りビール、風呂、しばし仮眠→20時過ぎに行ったら、おんどりにすんなり入れて、鶏を堪能→咒師作法からお水取りを見学。半夜の走り、後夜のお水取りと見て(いや感じて*)、土産にいなりと巻き寿司(半額セールで500円)買って帰る。うどんも二年振りに喰った。あと、おんどりですれ違ったご一行に二月堂で遭遇→ちなみに宿から二月堂まで徒歩10分。思ってたより近かった(のちに徒歩30分と判明。10分は勘違いであった)→風呂→のり巻きといないつまみながらビール→午前4時前後就寝。
*二月堂西側の局の外で、おばちゃんたちが「見えへんわ」と会話していたら、近くにいたおっちゃんが「見るもんじゃなくて、感じるもんや」とぼそっと言った。その通りである。我々見物は、外陣にいようが局にいようが二月堂の外にいようが、その全体像を見ることは適わないわけだし、内陣から発せられる何かから、修二会の何かを感じ取るほかないのである。
13日(水) 朝9時起床→朝食後、10時前出発→秋篠寺訪問。静かでいいお寺。伎芸天だけでなく、ご本尊の薬師如来や薬師十二神将も素晴らしい。全体に、キャラクターが立っている像が多いと思った。ちなみに秋篠寺は、大和西大寺駅から徒歩15〜20分ほどで、歩いてみるとそんなに大変ではなかった→奈良に戻り、おんどりの奥のお好み焼きの団で昼食。焼きそばが特にうまかったが、お好みもなかなか。おばちゃん喋る喋る。東京の飲食店で嫌な思いをしたとのこと、申し訳なく思う→宿に戻り昼寝→慌てて二月堂。絵馬堂茶屋でざるうどん啜り松明上堂を待つ。お松明が始まると横殴りの雨。上堂後しばしお茶どころでぜんざいやうどんで暖を取り、導師作法(神名帳)の中程から南の局で見学。咒師作法の途中で抜けてお茶どころで西桐画伯と合流、須弥壇の餅(前半七日までのもの)を尾形母堂にいただく。感謝→南東の局に入り走りから達陀まで見学。達陀はやはり興奮する→いったん外に出て下堂を見てから、画伯にクルマで送ってもらい宿に戻る。興奮覚めやらず、カップ酒を二杯。午前3時頃就寝。
14日(木) 朝8時過ぎ起床→宿にて朝食。栄養を摂取した気がする→朝寝→12時過ぎ出発。まずは萬々堂で糊こぼし発送→奈良ホテルで昼食→興福寺国宝館。ひさびさに阿修羅。薬師十二神将の板彫りは初めて見た気がするが、果たして→奈良公園は、鹿に襲われる人や、鹿に闘いを挑む(多分)一歳児などがいて、面白かった→東大寺ミュージアム見物。三月堂からは六体。木造不動明王二童子像と木造地蔵菩薩坐像は三月堂に帰るが、日光・月光菩薩立像と、吉祥天、弁才天立像はここに移設らしい。不空羂索観音は、1/14まで東大寺ミュージアムに安置されていたが、現在は三月堂に戻ったそうだ(三月堂は閉まっているので、今回は拝めなかった)→二月堂に上ったら、松明のもえかす拾えたので、今日のお松明見物は割愛。古いお札を返し、新しいのをいただき、いったん宿に戻る→キッチン・ペピタの息子が三年前に始めたイタリア料理屋、Pepita D'oroで晩。いい店だった。居心地がよくて料理も絶妙に好みでワインもよい。勘定は安くはないが、奈良に来たら一度は寄りたいと思った。今日は6時半から8時半まで二時間堪能→また宿に戻り、着替えてから二月堂。半夜の辺りから礼堂南側で見学。途中一度抜けたが達陀の松明放り投げるところを真横から見ることができて満足→今年最後の信者うどん→それから外で二時間ほど待ち、午前3時過ぎに咒師神所が始まった。飯道神社がふたり?で13分、興成社が全員で5分、再び飯道神社が全員で4分、それから北側の手水が全員で4分。で、いったん堂内に入り、4時12分に満行下堂。清々しかった→腰痛くて歩くの遅かったか、コンビニ回って帰ったら40分かかった。ほんとか? かかりすぎ(のちに徒歩30分と判明。10分は勘違いであった。よって寄り道して40分は特におかしくはない)→宿に戻り風呂、昨日に引き続き黒松を一杯。6時過ぎ就寝。
15日(金) 朝8時起床→荷造りして9時頃出発→二月堂に最後のひと参り→絵馬堂まだ開いてなかったので、ひとつ下の茶屋で朝飯→森で奈良漬け買って、11時の特急で京都へ→空也上人→幽霊子育飴→たつみで一杯→村上開新堂で買い物。クッキーの缶も予約→三月書房→出町柳までぶらぶら歩いて、叡山線で一乗寺。恵文社で上村一夫展を見るつもりが、会期前だった。調べてから行かなかったのが間抜けだが、やってると思い込んでたのでびっくりした→タクシーで京都駅。二時間しか寝てないこともあり、とつぜん疲れた。新幹線で帰る。車中は志津屋のビフカツサンドとビール。あとは泥のように眠ったが、眠気も疲れも全然取れなかった→夜10時前帰宅。ロシアケーキ食べてから、すぐに就寝。
16日(土) 朝6時半起床。疲れは取れた→風呂→ビールと焼き海苔で朝食→洗濯と昼の仕度→尾形ホームページと西桐日誌更新→昼飯。食料は旅行前にほぼ食べ尽くしてしまっていたが、工夫したらなんか妙にうまくできた→糊こぼし届いたのでお茶→dressにて、橋本一子/橋本眞由己/加藤道明。今回はリヴァーブのトラブルもなく、無事終了。最後爆発的な笑いが起きた中からちょっとしんみりした気分が漂った。いいライブだった→ぎりぎりで終電逃しタクシー。帰宅後すぐ就寝。午前1時半くらいか。
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16日昼食

鶏笹身の炊き込みご飯(研いだ米に生姜みじん切りとかつぶし出汁殻くだいたのを混ぜ、鶏笹身を一本乗せて、出汁と塩を少し加えて炊く。炊きあがったら鶏笹身を崩しながら混ぜる。食べるときにもみ海苔をかける)
ザワークラウトとツナの和え物(胡麻、生姜、ごま油を適当に加えて混ぜただけ)
こんぶともずくと干し椎茸のお吸い物(こんぶと干し椎茸とかつぶし出汁殻で出汁を取り、もずくを少し煮込んでから醤油とみりんで調味。こんぶと干し椎茸は取り出さずそのまま食べる。ただし干し椎茸は、水に浸けて柔らかくなったところで一度取り出し、石突きを切り落とし薄切りにしてからまた鍋に戻す)
らっきょう、梅干し
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17日(日) 午前11時起床。さすがにくたびれた→朝食後、西桐日誌更新→明日父親に土産渡すことにし、午後1時に吉祥寺丸井前待ち合わせとする。お目当ては蕎麦の上杉→買物がてら昼に出たが、移転後のガラム・マサラにはまた満員で入れずふられる。まあ日曜だからな。口の中インドカレーなので、ナマステ東京。ここはここで悪くない→今日は八百屋も魚屋も休みなので、スーパーで西や南のほうの野菜を買って帰る→ようやっとLogic起動(旅支度の際にインストールディスク発見したので)→風呂、ビール→『泣くな、はらちゃん』、さりげないが結構きつい展開。あと忽那汐里は顔の表情の演技がうまい故の可愛さと思ったが、演出の妙か? どうでしょう→夜11時過ぎ就寝。
18日(月) 朝7時半起床→風呂→吉祥寺に出て、老父と尾形と蕎麦屋の上杉。老父に奈良土産のすいかの奈良漬けを渡す。一ヶ月会わないうちにとても痩せたような気がして心配したが、珍しく帽子をかぶっていた所為であった→尾形の手芸用の生地など見ていたら、編集さんから連絡。なにか話が食い違うなあと思っていたら、先週向こうが出したメールが届いていなかった。電話で話をしているうちに届き、なるほどと納得。混乱した→雨降りそうなので豪徳寺で途中下車しての鶏屋はやめにして、経堂で晩の買物とビールの注文して帰る→評判のイナバのタイカレー缶詰試してみる(レッドカレー)→普通のタイカレー。ビールのアテにはよい→そのまま晩に突入し、TV見ながら与太話して、夜11時頃就寝。
19日(火) 朝8時起床。夜中に目が覚め1〜2時間起きていた所為か、眠気を伴った起床となった→風呂、洗濯→東京電力の会見見る。すぐにどうこうではないと思うのだが…… 事故から二年経った今の段階でのこうした広報対応の遅さや見るからに心ない印象については、やる気がないか頭が悪いか、どちらかとしか思えない。が、その程度の姿勢で世の中のほとんどは動いているのだろうと思う。世の中が悪くなる可能性に、この世は満ちているのだなあと改めて思うばかりだ→昼から晩酌まで、お吸い物中心にしたが、全然断食にはならなかった→福島第一原発の停電騒ぎは、一部復旧し、他も復旧の目処が立ったとTVのニュース番組では報じていた。ほんとかどうかは知らない→当番として作ったポークピカタのようなものやニラ玉のようなものの晩を食べながら、録画してあった清水宏の『有りがたうさん』(1936年。上原謙主演)を見たが、面白かった。『或る夜の出来事』(フランク・キャプラ。1934年)といい『昇天峠』(ルイス・ブニュエル。1951年)といい『8時間の恐怖』(鈴木清順。1957年)といいつい最近の『ロンドン・ゾンビ紀行』(マティアス・ハーネー)といい、ほかもろもろ(『マジカル・ミステリー・ツアー』は微妙か)、バス映画は面白い→なんの番組かはわからなかったが、清水ミチコと椿鬼奴がふたりとも桃井かおりのモノマネをしながら寿司屋で若い俳優の悩みを聞く、というの、意味のなさ加減が私にとっては妙にテレビ的で、たいへん可笑しかった→夜11時頃就寝。
20日(水) 朝9時起床→風呂→本日から高血圧対策として、「昆布を一晩水に浸けておいて朝出汁を取り、昆布ごと食べる(具はそのときどき)」を始めた→16:30からdressにて今日のサウンドチェック。湯川潮音さんには初めてお会いしたが、なんだか妖精めいていた→富士屋にふられ、ニュー信州も貸し切り→桜井芳樹、ゲストに湯川潮音、大変よかった。第一部は桜井芳樹ソロ、第二部は湯川潮音参加→そんなに呑んだつもりはなかったが、翌朝起きたら帰り道の記憶がなく、些か宿酔いだった。そんなに呑んだかな?

2013年03月16日

Petit Soile(橋本一子 / 橋本眞由己 / 加藤道明)

於渋谷dress

Petit Soile:
橋本一子 (pf, vo, bongo) / 橋本眞由己 (pf, vo) / 加藤道明 (g)

※PAを担当

三人それぞれの曲を演奏するユニット。下記に一覧する曲目に、記号で作曲者を記す。

三人それぞれ作風も異なるし(各楽曲制作の背景も様々だろう)、ジャズ、ポップス、ブラジル風味や、あるいは現代アカデミック音楽的な(という言い方も大雑把だが)響きが絶え間なく交差する感じだが、三人それぞれの個性が際立ちつつも全体を貫く何かがあり、とても心地よく安心しながらいろいろな刺激を楽しめた。

言葉で表すのはとても難しいので諦めるが、よい音楽。個々の演奏で特に印象に残ったのは、12曲め(曲名不明)の橋本一子のピアノソロだったか。

PAとしては、以前演奏者から「リヴァーブは深めで」という要求もありリヴァーブの深さの設定に毎回悩むが(それなのに前回はリヴァーブが壊れたりしたが)、橋本一子、橋本眞由己の歌については音量バランスの問題だけなので、大きな苦労はない。本番のバランスも悪くなかったと思う。

三人の盟友であったベーシスト大川俊司逝去の直後だったこともあり、終盤、笑いを誘う展開の中にしんみりした気分も漂った。

01 愛の言葉(M)
02 月の彼方(M)
03 Life, Pain, Cure(K)
04 The River(K)
05 Edge of Happiness(K)
06 モネダルメシケディ(I)
07 Happy(M)
(休憩)
08 太陽の向こうに(M)
09 未来へ(M)
10 クシャナ(K)
11 コードギアス挿入歌(I)
12 (曲名不明)(?)
13 new new(I)
14 un reve~夢(I)
enc
15 カエルのサンバ(ジョアン・ドナート)

2013年03月15日

奈良旅行(東大寺二月堂修二会見学)

3/12(火)〜15(金)

3/12、いったん京都・新福菜館に寄ってから奈良へ。

修二会見学は、下記の3回。

 3/12 咒師作法から半夜の走り、後夜のお水取りまで(午前2時頃下山)
 3/13 松明上堂後、導師作法(神名帳)の中程から咒師作法の途中まで、および達陀(午前1時頃下山)
 3/14 半夜の辺りから韃靼まで。破壇を外から見学し、咒師神所、惣神所、満行下堂まで(午前4時過ぎ下山)

3/12は二月堂外から、3/13は南側および南東側の局から、3/14は外陣に入れていただき礼堂南側から見学した。信者さんのうどんは、計3回食べ、ぜんざいも一回食べた。

3/12に、西側局の外側から、中を眺めるでもなく眺め、漏れ聞こえる音を聴きながら思ったのは、修二会見学というのは練行衆の行の気配を感じるものだなあということ。絵を描く等の目的がなければ(いやあっても)、目で見ることだけが重要ではない、むしろ見ないで感じることも大切だと思った。

#そんなことを考えていたら、たまたま見物のおばちゃんが「全然見えへんわあ」と会話しているところに(多分)関係のないおっちゃんが「見るもんやない、感じるもんや」と切り込んでいたので、とても可笑しかった。

それを見学の基本的な態度として持っているのと持っていないのでは、目的によって“見ること”を目指したときに受け取るものも、ずいぶん違うのではないかと思う。

3/14は満行下堂の後歩いて宿に戻り、二時間ほど寝てからまた二月堂に上って最後の参拝。

3/12に目についた見物の女の人が、翌3/13にお茶どころで大きな声で独り言を言っていて、変だなあと思い3/13に画伯に会ったので話してみたら、どうも奇行で有名な人らしい。

ちなみに、宿(または奈良市街)と二月堂の往復は、4日間で計5回。片道30分ほどなので、一日1時間以上は早足で歩いたことになる。その所為か、帰宅後体重増加はほとんどなく、体脂肪も減少していた。

***

その他奈良旅行としては、久々のおんどりの鶏に舌鼓を打ち、おんどりの並びのお好み焼き屋の団に初めて行きおばちゃんの人柄に触れ、キッチン・ペピタの息子が起こしたイタリア料理屋Pepita D'oroの居心地のよさと味わいに感心した。いずれも、スタンド千ぐさなきあと、奈良旅行の大事な飲み食いどころである。

あともちろん、奈良ホテルのティールーム(ミックスサンドイッチと紅茶のセットで3,000円弱とかびっくりするものの、ここは特別)。蕎麦屋の玄は今回は訪れなかったが、予約の面倒くささなどを考えると、まあ時間に余裕があるときだけ行けばいいかな、と思った。

それと、秋篠寺を訪問。伎芸天だけでなく、本尊の薬師如来や脇を守る薬師十二神将など、有り難くも愛着の沸く像が揃っていた。静かでよい寺。JRのCMで度々紹介されていたので、休日には混むのかなと思うと、少し心配な気持ちにもなる。

***

帰りは京都に寄って、空也上人を拝み幽霊子育て飴を買い、たつみ(ここも天国である)で一杯やり、川尾朋子の書『心』(京極通り六角に展示)を見る。村上開新堂でクッキーを予約し、川沿いをぶらぶら歩いてから出町柳から叡電に乗り恵文社を訪ねたが、上村一夫展はまだ始まっていなかった(会期の確認を忘れていた)。

というオチまで着いて、とぼとぼと東京に戻る。

2013年03月10日

3月まとめ(1〜10日)

1日(金) 朝4時頃起床→西桐ブログまとめと池袋演芸場まとめ→風呂→朝食→尾形サイト更新→確定申告の経費計算完了→一日一回散歩と決める。今日は下高井戸まで歩いてJazzKeirinで昼→すずらん通りまで戻って李白で珈琲→経堂駅前回って買物して帰宅。食事と休憩も入れて三時間コース→昼寝→晩飯。これで三日抜いた→午前1時頃就寝。
2日(土) 朝7時起床→風呂→ゆっくり風呂入ってから朝食を摂り洗濯物干したり畳んだりしてから昼食を摂ってもまだ11時前だった。毎日かくありたい→請求書発送がてら散歩。ふと思いついて、名店Mまで歩いてみる。郵便局と世田谷八幡に寄って、約1.9km/37分/3000歩。なんだ歩いて呑みに行けるじゃないか。また駅前には鶏屋とおでん種屋があるし(鶏屋で今日のおかずを買った)、豪徳寺にも鶏屋がある。いろいろ妄想が広がった→豪徳寺の鳥武も覗いてみた。焼き鳥にはまだ早かったが、ここは骨付モモが350円で売っている→経堂に戻り、一力で豆腐と油揚買って帰宅。約4.9km/1時間29分/7653歩であった→鶏レバー煮込み下拵え→西桐日誌更新→鶏レバー煮込み作ってから、尾形経費計算→区切りのいいところで飲酒晩餐。ビール一本半で眠くなって寝る。夜11時くらいか。
3日(日) 朝5時起床→西桐日誌修正と更新→尾形経費計算→計算了。朝飯と風呂→昼をはさんで散歩→武家で一杯→世田谷八幡宮→鳥武で骨付モモ購入→その他買物諸々。都合、約3.5km/1時間10分/5382歩→晩飯の次第を考える。楽しい→昼寝→寝坊→夜9時くらいから晩飯作り始めるが、淀みなく進んだ。仕上がりもよかったな。メインの鶏モモに、もう少しピリッとした感じ(辛味ではない)が欲しかったか→風呂→午前2時頃就寝。
4日(月) 朝8時起床→風呂→朝食。鶏を蒸した際に出た脂の落ちたスープがうまい→室内にいると手足は冷えるが、ずいぶん暖かくなった印象。3/1の春一番からがらりと春になったようだ→世田谷八幡宮経由で豪徳寺まで歩いて(約1.6km/27分/2496歩)新宿→映画の切符買ってからバンジョーの弦買う→K'sシネマにて『Tokyoてやんでぃ』見物。いろいろあれど、面白かった→山根商店で一杯やってから帰宅→経費計算最後の調整したのち、9時前就寝。
5日(火) 朝8時起床→昼前に風呂→風呂上がりに煮干しかじりながらビール→確定申告提出種類ができた流れで酎ハイに移行→散歩って感じではないな→晩飯の仕度してから昼寝→夕飯は飲まず。11時過ぎ就寝。
6日(水) 朝7時半起床→風呂と風呂掃除→朝飯→そして昼飯→北沢税務署までぶらぶら歩いて(1.45km/36分/2232歩)、羽根木公園で梅見→重助まで歩き。この時点で3.3km/52分/5139歩)→久々の重助うまかった→経堂駅回りで買物して帰宅、夜9時前後→9時半頃就寝。よい一日でした。
7日(木) 朝8時半起床→西桐日誌更新→風呂→ビール→昼食→眠気→昼寝→夕方5時起床→マレットで軽く食べてから下北沢440にて、ニゲルカ/Giulietta Machine/フ・タウタフ。ゲルニカというのはいい曲を作っていたんだなあ、と再認識→打ち上げにお邪魔。maruseさんにご挨拶しそびれた→帰宅後、カップヌードル食べて就寝。午前1時頃。
8日(金) 朝6時起床→風呂→朝食→昨日の感想書き、西桐日誌も更新→表参道にて散髪。ひとまず安心→赤坂見附(昼食)、虎ノ門、新橋と経由して徒歩で銀座(お手洗い休憩含んで、3.12km/1時間10分/4806歩)。Aux Bacchanalesで休憩→映画『アントニオ・カルロス・ジョビン』見物。よくこれの制作が許されたなあという、かなりぶっきらぼうな手触りながら、夢を観ているかのような映像。パッケージが出たら買う。エンドロールの文字情報だけでいいから、プログラムが欲しかった→泰明庵→帰宅→風呂→就寝。夜9時頃。
9日(土) 午前10時起床→西桐日誌更新→昼→尾形のネタ考案→『アントニオ・カルロス・ジョビン』感想まとめ→タップ教室。三回め。三回くらいでそんなに進歩するものではないが、フラップがちょっと気持ちよくできるようになった気がする。あとつま先立ちの練習(バランスが取りやすい形を考える)が有効との由→小田急遅れに遭遇→尾形花粉症診察を松ちゃんで待ち、そのまま晩→夜11時頃就寝。
10日(日) 午前10時起床→今日は断食。とりあえずチョコひとかけとドライフルーツ食べてから→朝届いた『寄席手引』最終データにレイアウトの不備をみつけたので報告→風呂→空が真黄色で慌てて洗濯物を取り込む→夕飯当番。私は断食(味見とお吸い物のみ)→『はらちゃん』はどこに行くのか。今週まではまあだいたい予想したとおりだったが→奈良旅行の旅程考えてから、夜11時過ぎ就寝。今日は一歩も外に出なかった。

2013年03月08日

アントニオ・カルロス・ジョビン

於角川シネマ有楽町

様々な音楽家によるジョビン楽曲の演奏を収めた映像だけで構成されたドキュメンタリー。言葉による説明は、曲名と演奏者名以外一切行われない。原題は『A Musica Segundo Tom Jobim』(The Music According to Antonio Carlos Jobim)

監督:ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス、ドラ・ジョビン
製作総指揮:マリシア・ぺレイラ・ドス・サントス

「大人の音楽映画祭 レジェンドたちの競宴」という企画で上映されたものを見物。

構成になにか方針めいたものが見られず、漫然と、しかも各演奏もフルコーラスではなく適当にカットしたものを並べただけ、という第一印象で、見始めにはどうなることかと心配もしたけれど、却ってそんな大雑把なところも含めて、まるで天国のような映画であった。ただただ気持ちよかった。

集められた映像は、玉石混交の趣きもあり、またまったく知らなかったり演奏風景を見たことがなかった音楽家も多かったが、その中でエリス・レジーナとジョビンのあの『三月の水』の映像が全編浮かび上がってきたときには感動で目が潤んだ。

終盤、家族バンドであるBanda Novaの映像が何曲分か流れたが、それを眺めていて、86年の来日時の演奏の様子をなんとなく思い出したりもした。

ジョビンが残した(意図せず残したものも含めて)あらゆる奇跡をぎゅっと凝縮した作品。DVDなどが入手できればぜひ手許に置いておきたい。今回の上映に際し、プログラムの類いは用意されていないようだが、エンドロールの文字情報(曲目と演奏者、演奏年など)をそのまま印刷しただけのものでも、あれば欲しかったと思う。

今のところ最も詳しいデータは、音楽評論家・中原仁のブログかな。

2012年01月25日11:51 映画「A Musica segundo Tom Jobim」
2013年01月25日17:37 映画「アントニオ・カルロス・ジョビン(A Musica Segundo Tom Jobim)」日本公開

2013年03月07日

現れ出でたるニゲルカ企画 第一弾!

於下北沢440

ニゲルカ:山本直樹(vo, フリップ)、葛岡みち(vo, acc, program)、maruse(vo, vn)
Giulietta Machine:江藤直子(vo, key)、藤井信雄(ds)、大津真(g)、西村雄介(b)、高遠彩子(vo)
フ・タウタフ:小川美潮(vo)、葛岡みち(vo)、渡部沙智子(vo)、吉森信(p)、大川俊司(b)、小林武文(ds)

・ニゲルカ
ゲルニカのコピーバンドとの由。メンバーの葛岡みちが、ゲルニカのレコードから編曲を聴き取り、バックトラックを全部打ち込んだという(ずいぶん大変な仕事だと思う)。で、葛岡みちがアコーディオンを、maruseがヴァイオリンを弾き、歌は三人全員が回り持ちで(または一緒に)歌う。

まずは、ゲルニカというのはずいぶんいい楽曲を作っていたんだなあ、ということが再認識できたのが収穫。この三人も、衣装などの演出でゲルニカっぽい雰囲気を醸し出してはいるのだが、今の耳で聴くと、ファッションなど音楽以外の要素よりも先に、楽曲のよさのほうがすーっと入ってくる。

あと、maruseの歌を聴くのは始めてだったが、これがよかった。ある程度戸川純の歌唱を意識しているとは思うが、ゲルニカのにおいを残しつつも必要以上に“コピー”ではなく、ただ“いい音楽”“いい歌”を感じさせてくれた。これも、聴きに行って得た収穫のひとつだ。

山本直樹はむしろムードメーカーに徹し(今回のような打ち込みのオケを流す形でやるなら、飾りでもMS-20を置いとくとかしてもよかった気もする)、歌はmaruseメイン、で、葛岡みち中心に生演奏でゲルニカの楽曲を再現したらさぞ楽しかろう、などなど、妄想が広がった。いや生演奏でやると、却って山本直樹の歌とのギャップが面白いかもしれない、とか。

01 カフェ・ド・サヰコ
02 ブレヘメン
03 復興の唄
04 百華の宴
05 或る雨の午后
06 夢の端々
07 磁力ビギン
08 戒厳令

・Giulietta Machine

細かいところを除けば、基本的には普段と同じ演奏だが、その細かいところが実に効果的に、この日ならではの渦を作っていたと思う。主に藤井信雄のドラム(チューニング含む)がその理由なのかな。とにかく全体的に、ぐっと前に出る感じがあり、自然に身体が動いた。

高遠彩子は風疹治療の際の影響で、いつもの透き通った高音が出ない状態だったが、その分妙なる迫力や婀娜っぽさがいい感じだった。喉が元通りになっても、この感じを表現のひとつとして取り入れるとよいと思った(むろん、すでに持っているものかもしれないが)。

演奏時間は短く感じたが、あとで尋ねたら50分だったとの由。それだけ聴いていて楽しかったのだろう。

01 Samba Giulietta
02 Caprica
03 Davada
04 Jung
05 Arios
06 Polka Dot
07 カエルのサンバ
08 Nanan
09 Smith

・フ・タウタフ

ニゲルカでも登場した葛岡みちと小川美潮、および渡部沙智子の三人のコーラスを中心としたバンド。

最初の二曲くらいは、三人が次第にずれていくような塩梅のスキャット中心で、アフリカのどこかの音楽を想像したが、コーラスの方法は曲によって多彩。うまく言葉にできないが、これまた楽しかった。

曲目は控えなかったが、曲名覚えているのは『しんめのしずく』、あとウズマキマズウでやっていた『やっとだね』を最後(アンコールだったか?)でやっていたと思う。それと忍者をモチーフにした曲が面白かったな。

2013年03月04日

TOKYOてやんでぃ

於新宿K's Cinema

公式サイト

うわの空・藤志郎一座原作、神田裕司監督(デビュー)作品

案内にもあるように、春風亭昇太『哀しみにてやんでい』を下敷きにした、寄席の楽屋風景を描いた映画。

落語も寄席も大好きだが寄席の楽屋を知らない(本で読んだくらいの知識しかない)私にとっては、そういうものかな、と、そんなわけないよなあ、というふたつの気持ちの間を彷徨いながら、次第に気持ちよくなってくる一本だった。

藤志郎一座版の舞台も、恥ずかしながら観ていないのだが、この映画版は物語、脚本、演出、芝居、撮影…… すべてにおいて、見始めの印象とは裏腹に難しいことをやろうとしているなあ、という印象だった。役者も全員素晴らしかった。

被写界深度がずっと浅めの映像が何故そうなのかとか、いくつかの挿話など、私にはうまく理解できなかったところも多々あったものの、通して観終わってみると、難しさに挑んだところは概ね成功していたんだな、と思わせられた。

笑いや泣かせの塩梅も、ちょうどよかったなあ。もう一回くらい観たいなと思う。

2013年03月03日

鶏骨付モモ肉の蒸し焼きとスープ(覚え書き)

鶏骨付モモ肉2本、昆布、鰹節、干し椎茸、にんにく、生姜、玉葱、葱、ジャガイモ、ニンジン、茄子、塩、胡椒、ローズマリーなど。そのときどきで、ケイジャンスパイスや韓国唐辛子など。

※鶏を出汁で野菜を煮込んだスープで蒸す。鶏の脂が落ちたスープは適当に調味して飲む。

01 昆布と干し椎茸を水に付ける(干し椎茸は、04の直前に取り出し軸を落としてから戻す)
02 鶏にフォークで穴を開け、塩胡椒をすり込み、しばらく室温で放置
03 野菜を切る
04 01に鰹節を加え、火にかける。出汁が取れたら昆布と鰹節を取り出す
05 04に玉葱、ジャガイモ、ニンジンを入れ、蒸し網を置き、その上に葱と鶏を置く
06 蓋をして30〜40分くらい蒸す
07 鶏に火が通ったら取り出す
08 にんにく、生姜、葱、茄子を素揚げする、または炒める
09 スープに08を加え、適当に調味する
10 鶏はグリルで焼き目をつけ、皿に盛りつける

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