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2014年09月30日

9月まとめ(21〜30日)

9月21日(日) 朝9時半起床。人生初のシュールストレミング試食からちょうど一年なり→麺つゆ仕込み→久々に録画編集とダビング作業→午後、千歳船橋方面に買物→なんてことないラーメンが食べたくなり久々に代一元へ→オオゼキと虎屋とおさしみ本舗で買物。おさしみ本舗でかわはぎと〆鯖頼んだあとにのどぐろの炙りが目に入り、うっかり散財した→おやつ後午睡(ただし眠らず)→5時くらいから晩の仕度。天ぷらは難しいなあ。やはり怖がらずに、油音が180℃まで上がるのを待つべきだな→風呂→かわはぎを肝醤油でやりながら、アンディ・ウォーホル監修・制作、ポール・モリセイ脚本・監督『Blood for Dracula(処女の生血)』(1974)見る。予想に反して爆笑映画だった。こりゃおかしい→0時過ぎ就寝。
9月22日(月) 朝8時半起床→朝食や朝ドラ鑑賞や昼飯や昼ドラ鑑賞はさんで、妙に精力的に片付けなどする→ついでに自室も片付けた→ちょっと午睡→夕方経堂まで買物に。梅田青果によると北海道産の野菜は(じゃがいもと玉葱以外)そろそろ終わりとの由。でもトウモロコシ買わなかったが→それからダイソーに寄るが、ついにDVDケースは愛用のモデルが消滅したようだ。仕方ない→魚真ではメヒカリが安かったので(11尾入って250円)、いつものかつぶしと併せて購入→最後にオダキューOXで稲庭の蕎麦(うどんと同じかんざし形)を初めて買ってみる。あと青海苔→帰宅後風呂→晩の仕度。揚げ物は上手くなった気がする→晩のお供にピーター・サスディ監督『鮮血の処女狩り』(1970)見る。これまたバカ映画。よかった→食後直ちに就寝。11時過ぎだったと思う。
9月23日(火) 朝8時半起床→昼前、バスで渋谷。経堂から渋谷のバスは、西福寺通りではなくてユリの木公園を左折して朝日酒店の前から赤堤通りに抜けるのか。知らなかった→ドレスにて晩の次第受け取りついでに、しばし歓談。先週の水曜日は、イギリス人に「とてもいい笑顔だ」と言われて「俺は幸せなことしかしないからね。でも不幸なこともたくさん知ってるけどさ」とか答えていたらしい。意味不明だ→帰途もバス。道程は同じ。まあそうだろうがつまらん→午後2時頃帰宅→少し片付けしてから午睡→夕方呑み始めているとルイちゃん来訪。モンティ・パイソンの復活ライブ見て笑う。ひと通り見てからまた副音声付きで見直したが、ここで副音声の解説が、あまり調べなしで行われていることに気付く。ぶっつけか?→あと『笑う洋楽展』二本ほどお見せしてお開き→夜11時くらいに就寝。
9月24日(水) 朝7時半起床→11時に老父と待ち合わせ、まずは昼。藍屋という和風ファミリーレストランにて。二食マグロ丼、まあファミリーレストランなりの代物だが、単品と注文したのにサラダのついたセットを持ってきたり、「お好みでわさびを醤油に溶いてお召し上がりください」と教えてくれたり、なんだかねえ→生協で魚と野菜を少し買い、老父を送っていって帰宅→風呂→ビール→午睡→賄い当番。煮魚は久し振りだな(鰯梅煮)→『シュガーマン』見る。晩の仕度や後片付けしながらだったので、また見よう。面白そうではあった→0時頃就寝。
9月25日(木) 朝8時半起床→『花子とアン』の茂木健一郎(出版社の社長役)の演技がひどすぎて言葉も出ない。うまいことを言おうという気持ちも起きない。出演を打診したときは、まだぎりぎり“旬”の人だったのか、あるいはアンをネタにした本を三冊ほど出しているようなので、その関係か。いずれにせよ、このドラマの成立には不要。といっても、もうこの段階ではこれだけ指摘しても仕方ないのだが(ほかにもいろいろあり過ぎて)→昼過ぎ外出→浅草に出て、時間の関係で昼は結局福ちゃんにしたが、牛すじ煮込みがぬるかったなー→浅草神社お参りしてから木馬亭にて『チンドン乙女まつり2014』を見物。東北と名古屋は歌や演奏や舞台での振る舞いにぎこちなさがあり、いささか“発表会”めいた感じも覚えたが、その辺の芸のこなれていない味わいもチンドン屋の魅力であるとは思う。実際、十分楽しかった→しかしそう考えると、やはりこぐれみわぞうという人はすごいのだな、と続く東京組を見ていて思ったが、こぐれみわぞうが一旦引っ込んだ直後に客席後ろから出て来た月島宣伝社の堀田祐子のチンドンにはさらに驚いた。あまりにカッコよくて涙が出てきた。こぐれみわぞうが音楽の様々な要素をチンドンに溶かし込んだ魅力だとすると、堀田祐子はチンドンを徹底的に磨き上げたという感じか→西日本組は大阪の華乃家ケイと九州(福岡・長崎)のチンドン屋の組み合わせ。華乃家ケイもたいへん魅力的だ→最後は全員揃っての演奏だったが、アンコールでは華乃家ケイがひとりでアコーディオンで弾き語りする『ゴンドラの唄』。これも泣いた→終演後は木馬亭からホッピー通り、オレンジ通り、雷門通りとパレード。これも追いかけて見た。やはりチンドンはいいなあ→雷門の前で離脱し、時間潰しに安兵衛で一杯。と、大雨が降ってきて、千駄木までの移動をどうしようかと考え、一杯追加して呑んでるうちに止んだ→歩いて団子坂下へ。そろそろ団子坂下というところで、蒸し暑いしひとっ風呂浴びたいなと思ったら、目の前に銭湯出現(朝日屋)。もちろん入る。まさに人生至る所銭湯ありだ→Bar Issheeは思ったより満員で、年配のお客が多く、Bar Issheeっぽくない感じ。坂田明・今井和雄デュオ(於千駄木Bar Isshee)、とても心震えた(未だそれ以上の言葉で言い表せるほど消化していないのだが)。このふたりのデュオは実は初めてだという。そして今井和雄はフルアコースティック・ギターの生音だった→終演後、石巻ラ・ストラーダの店主奥方と初対面ながら、いろいろ話をする。失敬かなと思ったが復興具合について尋ねた。一番困っているのは、選択肢がない、ということだそうだ。支援はあっても、そしてそれは有り難いことには違いないが、しかし被災者には“選択する”という機会がない。それが大きな不満というよりは、そこに想像力が行かない現状にもどかしさを感じているという印象であった。外側から見ているだけでは気付かないことを教えられたと思う。感謝→最後の最後に、今井和雄に先日拝聴したSound Objectsのライブの感想を伝えられた。終電は逃したが、これだけでも最後まで呑んでた甲斐があった→みんな帰ったあと2時近くまでイッシーさんといろいろ話してからおいとま。歩けるところまで歩こうと思ったが大して歩けず、道端で寝てしまう→起きて歩き始めたら、なぜか千駄木に戻ってしまい、結局千駄木駅から帰る→朝方帰宅し就寝。
9月26日(金) 終日宿酔いにて横臥→麺つゆ水割り+おろし生姜とマルタイ棒ラーメンで徐々に復活→風呂→晩のお供は『昼顔』。主演のふたりが精彩を欠いていたり、基礎となる話が意外につまらなかったり、主題曲がダサ過ぎたりといろいろあるが、脚本の細部とか脇を固める面々の芝居など、見所も多かったと思う→あと『アオイホノオ』最終回と『タモリ倶楽部』見て寝る。夜2時過ぎ。
9月27日(土) 朝8時起床→朝ドラ最終回。今期の『花子とアン』と再放送の『カーネーション』、ドラマを作る気合いの違いが明白となった。『花子とアン』は、途中の会ならこういうのもあるかもしれないが、最終回としては杜撰過ぎと思った→チェロの星さんからの依頼で、石川淳作品の中の食の場面を探す。ひとまず旧全集から二巻と少し。明日の昼過ぎくらいの段階で、一度送ろう。後藤明生については、アーリーバード・ブックスにお世話になった。明日『しんとく問答』の電子書籍を買おうと思う→午睡→夕方経堂に出て買物など→それから魚ケンで直子さん大津さんと会食。秋の魚うま過ぎ。しかし途中でまた血圧低下現象か、ちょっと白くなり、外の空気を吸ったりする。エコノミー症候群的な感じもする。魚ケンでは、せっかくの赤出汁と鮭とイクラの親子丼を全部食べられなかった。酒は二杯で押さえていたのだが→rippleに移動。最初はペリエを飲んでたが、天国のような音楽ばかりかかる所為もあり次第に快復、白葡萄酒三杯呑む。たくさん喋れたし、とても楽しかった→すずらん通り経由で平和に歩いて帰宅→小腹が空いたのでカップラーメン食べてから寝る。夜2時頃。
9月28日(日) 朝9時前起床。調子はまあまあ→昼頃から作業開始し、午後、石川淳関連作業完了。第七巻を見るの忘れてたが(この巻だけ別の場所にあったので)、長編と戯曲なので見なくてもよいだろう→夕方高円寺へ→高円寺駅前で西桐画伯と落ち合い、画伯をご友人の個展会場にご案内。自分はShowBoatへ→ラッキョウフェス、バンドはカッコいい演奏もあり、そうでないのもありだったが、最後にF田さん舞台に上がっての挨拶はこの日一番カッコよかった。あれ見られただけでも満足→途中から画伯も合流、ラッキョウもらい、もう一瓶は買い、ステッカーとバッジも買っておいとま→何故かタクシーで恵比寿へ→トラウマリスで白葡萄酒を結構呑み、それから近所のうどん屋に河岸を変えて深夜まで。友人の消息などいろいろ話を聞く→タクシーでS吉さん送りがてら自由が丘経由で帰宅→就寝。夜3時頃。
9月29日(月) 昼頃起床。画伯のお土産のならたけとオクラも使い、色味は地味ながらなにやら豪華な朝食→しかし宿酔いで終日横臥→夕方下高井戸に出て、JazzKeirinで晩。噂の緑煮込みうどん、9種類の野菜が計250gと大山地鶏が100g、食べ応えあるのに満腹感がちょうどよい塩梅で、とてもうまい。うどんそのものを味わいたい向きには主旨が違うと思われるだろうが、これはある種独自の料理として、すこぶる完成されているものと思った。また食べたい→ポエムで珈琲飲み、スーパーで明日の朝食のための材料を買って、歩いて帰宅→夜お茶飲みながら画伯と少し喋り、あとは本読んだりしながらなんとなく夜中まで起きていて、3時頃就寝。
9月30日(火) 朝7時起床→朝食にスープとサンドイッチ製作→新朝ドラ『マッサン』見たりしながら、午前中はだらだらと過ごす→昼前、大阪に帰る画伯送りがてらまことやで鯖缶ラーメン。なんか前よりうまくなった気がする。画伯には東京土産として、F式ラッキョウを二十粒ほど進呈。少なくて恐縮だが→食後、画伯が土産を買うというので亀屋にご案内。サラームさんとすれ違ってびっくり、ご挨拶→経堂駅で画伯見送り帰宅→午睡→午後4時過ぎ起床→昨日の余り物でおやつ→風呂→7時過ぎ、太田尻家へ→Mまるこさんとそのご主人、およびO形と会食。河童、天狗、鬼、民博、落語、その他演芸などなどの話。とても面白かった。笑った笑った→帰途、O形ベロベロになり、帰るや寝てしまう→私も割と即就寝。0時くらいか。9月終了。

2014年09月20日

9月まとめ(11〜20日)

9月11日(木) 朝7時起床。空腹を覚えすっきり目覚めた、という朝は久し振りだ→しかし朝食を済ませたのちTV録画の編集をしていたらたいそう眠くなり、10時に再び入眠→昼過ぎ起床→その後、昼飯作って一杯やったくらいで何もせず→夕方再び午睡→一時間ほどで起きて賄い当番→なにか映画を見るつもりが『昼顔』見る。よく覚えていない→その後マツコ・デラックスの出ている番組見て、正司敏江が「まあ、きれいなおかまさんやねえ」と言ったのに大笑いして、就寝。夜11時くらいだったか。
9月12日(金) 朝8時過ぎ起床→9時半頃出発→往路少し混んでいたが、だいたい時間通りに老父を拾い、歯医者も余裕で間に合った→歯医者のあとは生協で買物コース。ようやく一番理想的なコースで辿り着けた→老父宅で中食がてら、小一時間話す。古銭や古切手を眺めながら、最初は最初は彰義隊などの話をしていたが、最後は「皇居に江戸城を再建して大奥ショーをやって入場料を取って皇室は自活すればよい」とか(快楽亭か)、「東京にカジノを作るなら盆を敷かないと嘘だ」といったヨタ話になった→帰宅→ビール、午睡→賄い当番。ちょうどできたところでO形が風呂に入るというので、風呂はあとにしてもらった(冷めるので)。自分が先に入浴→『高校生クイズ』を見つつ晩。京都カップルにあらぬ妄想を逞しくして見たらとても面白かった→夜0時過ぎ就寝。
9月13日(土) 朝8時前起床→午前中皮膚医者。右足の裏の皮が剥けてるのと痒いのは水虫だそうだ。足の指は水虫ではなかった。その他皮膚疾患と併せて三種類の塗り薬を出してもらうことになった→オダキューOXで野菜ほか、三州屋で酒、一力で焼き豆腐としらたき、河内屋で牛を買い帰宅→割下仕込む。醤油100、みりん100、砂糖と酒を大さじ1づつ。これに昆布をひとかけいれて軽く煮飛ばしてみた。あと薄め用の出汁も、軽く煮出してみることにした→白崎映美ととうほぐまづりオールスターズ『まづろわぬ民』、震災復興の応援などの話を脇に置いても、すごいアルバムだと思う。もっと活動を知られるべきだな。北沢ホール借りるのに名前貸したというほんの多少だが、協力してよかった→晩の仕込みしてから風呂→充実の晩のお供は『アオイホノオ』と、『落語時代~桂歌丸 怪談スペシャル~』。しかし後者は林家正雀『牡丹燈記』と入船亭扇遊『不動坊』で眠くなり(呑み過ぎたため)、肝心の歌丸『江島屋怪談』に辿り着けなくなった→片付けも適当なまま就寝。まだ早い時間だったと思う(10時前)。
9月14日(日) 深夜起床→食器洗い、届いたが聴いていなかった鈴木常吉のシングル『雨』を聴く。こんな時間に目覚めたときにちょうどよい→『まづろわぬ民』もまた聴く→朝方4時頃就寝→朝10時起床→今日は夜まで節食とする。朝はおつけ一杯→冷蔵庫掃除と賞味期限確認→麺つゆ作成。毎週日曜日の楽しみになりつつある→5年前に尿管結石を患った際処方された痛み止め(ボルタレン)が冷蔵庫から出てきたので、使用期限を調べたら、とっくに切れていた。これ使ったらどうなるんだろうか→晩の仕度。居間のオーディオで『まづろわぬ民』。iPodからのMP3だが、PCでは聴こえてこない音像も感じた。また感動を新たにした。二曲めの『とうほぐまづりのテーマ』はやはり涙腺を刺激される→材料余ったのですき焼き二日め。茅ヶ崎館風カレーすき焼きにしたが、やはりあの粉かけるとうまいよなあ。今日はガラムマサラ小さじ×2、花椒×小さじ1で作った。比率はこれでいいと思うが、全体の量はこれの1/4でも多いくらい→今日は〆のうどんもやり、大満足。食べて早々に一眠り→昨日最後まで見られなかった桂歌丸『江島屋騒動』も全部見る。来年は生の高座で聴きたいなあ→一時間ほど眠って起きて風呂→風呂のついでに風呂掃除→風呂上がって飲酒してフェイドアウト。多分夜2時くらいには寝ると思う(結局は3時半くらいだった)。
9月15日(月) 朝8時半起床→朝食後、O形の日記更新→朝ドラはもはやふたつとも流しているだけ。『花子とアン』は話が頭に入って来すらしない→北千住の金継ぎ教室、10月からの参加と相成った→昼食後午睡→夕方6時過ぎ起床→風呂→とても久し振りにトッド・ブラウニング『魔人ドラキュラ』(1931年、ベラ・ルゴシ主演)を見たけれど、あの冒頭の奇妙な『白鳥の湖』に関するすっきりした説明って今まであったっけかな。あったかもしれないが記憶にないので(「妖しい雰囲気の演出のため」とかしか)、知りたいなあ。『白鳥の湖』といえば、今の私が最初に思い浮かべるのは、殿様キングスの『たそがれ海峡』だし→夜11時頃就寝。
9月16日(火) 朝7時前起床→血圧測って二度寝→昼過ぎ出発、と思ったら地震(震源茨城南部でM5.6、都内で震度3〜4くらい。びっくりした)→午後渋谷。桜丘地区の再開発地域をぐるりと一周してからドレスで一杯。M崎さん来てびっくり。事務所近いんだった→大山さん来てから一時間くらい呑み、それから撮影開始。今回は私もGRでひと通り押さえる→地形も面白く、失われるのが惜しい町並みと思う→一週したので富士屋にしけ込む。ビールと御酒→富士屋で呑み上げてから再びドレス。ちょうどSマジさん来る。ずいぶんいろいろ話したが、この辺から記憶が怪しい→Sマジさん帰ってから、小用を足しに座を外し、戻ってきたらヤンさん登場。何故か抱き合う。それから終電過ぎまで呑み続け。イギリス人観光客が呑みに来てて、私はモンティ・パイソンの「変な歩き方省」の真似を疲労したらしい。記憶なし→はっと気付いたら路上で寝てて、仕方ないので歩いて帰る。帽子をなくしたくらいでまあ無事。朝7時くらいに帰宅。即就寝。
9月17日(水) 終日横臥。昨日の写真の整理なども夜まで行えず、楽しみにしていたとうほぐまつりオールスターズ諦める。せっかく切符もらったのに申し訳ない(O形のみ出かけた)。
9月18日(木) 朝8時半起床→胃は痛いが空腹感はあるので、やけに豪華な蕎麦作って朝食(とろろと納豆とオクラの和え物に、コロッケと生たまご、仕上にもみ海苔と胡麻)→風呂→世界の加藤の訃報を知る。びっくり→おとついのO山さんはタクシーで無事帰宅との由。よかった→晩にビール呑んでみるが、一本ちょっとで胸がドキドキ(血圧も129/71まで下がった)。晩飯もそこそこに、8時過ぎに寝る→10時頃起きてメールの連絡など→9/27魚ケン予約。秋の魚充実してるみたいで楽しみ→0時過ぎ就寝。明日は早い。
9月19日(金) 朝7時45分起床→9時半出発→八幡山から甲州街道に抜ける道が動き悪し。原因は一車線道路の両側の一時停車のクルマ。まあ荷下ろしなのだろう。仕方あるまい→甲州街道に入って以降は快調で、結局15分遅れで到着→老父拾い歯医者。結果的には5分遅れで済んだ→帰途生協で買物コース→老父宅で昼。スコットランドの国民投票はこの時点でほぼ五分五分で反対優勢。外野から見れば面白い投票だし、投票率の高さには目を見張らせられる。だが結果どちらに転んでも、いろいろ禍根が残るだろうとは思うが、しかし独立派にとってみれば、これは大いなる第一歩なのかもしれない。まあ外野はなんとでも言える→午後1時くらいに老父宅失敬し、西荻窪へ。トライフルで調整に出していた振り子時計受け取り。開店まで久々にダンテで珈琲。トライフルで聞けば、Tudorの古時計の部品がそろそろ払拭しつつあるという。金額出しても手に入らないとも→西荻のバス通りから善福寺辺りを青梅街道に抜け、途中間違えて所沢街道に入って、小金井街道を南下して滝沢団地へ→O形父上はほぼ快復されたようで、とてもお元気だった。よかった→O形の本を整理しクルマに積み、晩をご馳走になって帰宅。新青梅街道から青梅街道、吉祥寺を抜けて途中で吉祥寺通り沿い甲州街道手前のガソリンスタンドでガソリン入れ、甲州街道を越えて芦花公園脇を通るコース→帰宅後ビール、シャワー、ビール→『アオイホノオ』と『タモリ倶楽部』見て、2時過ぎ就寝。
9月20日(土) 朝10時半起床。先日のすき焼きの割下残りを使って卵丼。かすかにすき焼き風味→夏が暑かったせいか、涼しくなっても寝てる最中に掛け布団を剥いでしまうクセがついてしまったので、今日は終日、何があっても掛け布団の中に居続ける特訓を行うことにした→結局午後3時頃起床。納豆蕎麦→再び横臥→夜7時過ぎ風呂。今日から冬温度(42℃)にした。なんだか生き返った→晩に『アンヴィル』見る。面白く見たが、アンヴィルのメンバーの善良さに心打たれるもののあまりに井の中の蛙である点や、最後の日本でのライブの嘘くささ(この映画のための仕込みではないか?)を払拭するような材料が何一つ提示されない点など、いやな苦みも感じた。特に後者は、苦みがもっと残ってもいいから、招かれた背景やほんとうの客の反応(と思わせる撮り方)を見たかったと思う。それがなかった分、現実味が損なわれているように感じた→晩飯後ころりと就寝。

2014年09月10日

9月まとめ(1〜10日)

9月1日(月) 昼12時起床→今週は節酒節制とすることにした→晩飯作った以外は、モンティ・パイソン後半二回めとテレンス・フィッシャー監督『妖女ゴーゴン』見た以外は特になにもせず、節酒も節制もしなかった。でもまずは、今週はなるべく外食はなしにする→夜11時頃就寝。
9月2日(火) 朝8時半起床→終日寝転んで『剣客商売』→その合間に新しい仕事になりそうな案件のメールのやり取りなど。来週明け早々に面談→夕方すずらん通りの一力、梅田青果、河内屋、ピーコック、魚真と買物。塩を買おうと自然食品店を覗いたら意外に品揃えが乏しかったのにびっくり。他のものは充実しているのだが→晩に煮干し出汁殻を使ったかき揚げを作ってみたら、これが意外にうまくできた。あとは冷や奴と焼きトウモロコシとキャベツとトマトのサラダと舞茸と油揚のおつけと秋刀魚塩焼き。充実→モーリス・ピアラ『ヴァン・ゴッホ』ようやく見る。二時間半を越える作品なので二の足を踏んでいたが、いざ見てみたら“絵筆を抱いた渡り鳥”みたいな感じで、よくあるゴッホのイメージを覆すような演出がとても面白かったし、却ってゴッホの抱える苦悩を自分なりに感じることができた。とてもよい映画→見終わってちょっと横になったらすぐ寝てしまった→いったん起きて歯磨いてまた就寝。
9月3日(水) 朝8時過ぎ起床→老父の歯医者通い付き添い→歯医者から生協回り、老父宅にて昼食(焼きそばと鶏唐揚げ)→ガソリン入れて帰宅。二千円分入れたが全然満タンにならなかった→芦花公園沿いの道からの帰り方は完璧に覚えた→O形サイト更新→iPhoneで麻雀しながら午睡。うとうとしている状態のとき、一緒に卓を囲んだことがある人々の顔が走馬灯のように現れた気がする→O形出かけたのち、酒肴を拵えながら伊藤大輔『ジャン・有馬の襲撃』(1959、市川雷蔵主演)見つつ飲酒。〆の蕎麦まで手繰って満腹。そして秋刀魚がこの世のものとは思えないくらいうまかった→夜0時頃就寝。
9月4日(木) 朝11時過ぎ起床→といってもまるまる11時間寝たわけではなく、夜中に何度も目が覚めた→北沢タウンホールより電話。私ではわからないので主催者に回したが、すぐに解決したようだ。よかった→特に何もしないまま風呂→飲酒。今日は食事少なめ→何もしないまま就寝。夜0時過ぎ。
9月5日(金) 朝7時過ぎ起床→TwitPic閉鎖するというので、各ツイートとの関連も含めてバックアップすることにした。作業は退屈。すぐ眠くなる→10時過ぎ午睡。いやまだ午前中だ→午後もTwitPicのバックアップ作業。早く誰かスクリプト公開しないかな→夕方、鈴木常吉『浮ぶ海峡』(DVD)見ながら飲酒開始。『浮かぶ海峡』は、画像がところどころやけに粗い(諧調性が乏しかったり、ブロックノイズみたいなデジタルくさい絵になったり)ところが、“商品”としてどうかなあとは思ったが、台湾や韓国でのライブの模様や、街角での演奏が見られたところ、あと中尾勘二との共演が収められているのはよかった。ひとりでぼおっと酒呑むときのお供になってくれそうな一枚と思った→その後いったん午睡→起床して『家族狩り』『匿名探偵』の最終回見て、『家族狩り』は案の定駆け足だなあと思いつつ晩飯→その後またすぐ就寝。
9月6日(土) 朝9時半起床。なんだか妙な宿酔い→昼前風呂→午後歩いて仙川。閉鎖された神明社と世田谷一家殺人事件の現場を抜け、バス通りからちょっと遠回りして中華料理の桂園の場所を確認し、駅の前を通ってJenny's Kitchenへ。くも膜下出血に罹らないよう?水分補給しつつ。所要時間1時間12分だから、まあ標準的な速度だったようだ。ここまでで7526歩、5.7km、394.6kcal→“閉鎖された神明社”だが、場所としては祖師谷神明社と上祖師谷神明社の間くらい。住所でいえば世田谷区祖師谷6丁目5-28に当たると思う。その近所で尋ねるか、または祖師谷か上祖師谷かどちらかの神明社で尋ねればまあわかるだろう。興味が消えなければ、そのうち→今日の一発目は歌女(高岡大祐 [tuba]、石原雄治 / 藤巻鉄郎 [bassdrum,separated drumkit,percussion])とスペシャルゲストに伊藤匠 [amplified tenor saxophone]。歩いている最中に雷が鳴ったこともあり、人間が音を奏でるというのは自然の音の模倣と批評から始まったのかもしれない、などと考えながら聴いた。高岡大祐は言うまでもなく、藤巻鉄郎の発音制御はものすごく細やかで(三曲めの終わりの小口径のフロアタムとベースドラムを中心にしたソロ演奏では心震えた)、そうした技術に裏付けされた音から一気に原初の奏音行為が見えて来るという点が、歌女の面白いところだと、改めて思った。その意味では、石原雄治の演奏に多少技術的な粗が見えたところ(シンバルを弓で奏でる場面ではしばし音が途切れ、スネアのロールではリムを叩く音が何度も入った)が残念には感じはしたが、しかしそれも意図したところであるのかもしれない。伊藤匠については、初めて聴いたので今日のところは未消化。サックスの演奏ではなくて、サックスに取り付けたマイクとアンプによるフィードバックが私にとっては伊藤参加楽曲の中で最も心惹かれた→あと歌女は、目で見て楽しめるバンドでもあると思う。今日は演奏場所の奥から演奏者が次第に前にせり出して来ながら演奏を開始、楽器の配置を変えたり動いたりしながらずっと演奏し、最後は会場の階段から外に出て行って終わり。こうした動きを真上から眺めて聴きたいとも思った→歌女のCDを購入し、いったん外へ。昨年と同じく立ち飲みの番兵で一杯。外の風が気持ちよかったのだが、雨がぽつぽつ降ってきたのでやむなく中へ→そのまままた呑んでたら、声と踊りでなんかするという人たちがやってきて、そのお客(多分お金払った人)もぞろぞろと番兵の路地に連れてこられ、パフォーマンスとやらが始まった。ちょうど勘定して帰ろうとしたところだったので、もう一杯買って外に出て眺めてたが、これがクソつまらなくて、つまらないものを見聞きしたときの習いとしてくしゃみが止まらなくなった。あとで調べたらケンジルビエン×蜂谷真紀(ヴォイス)のようだが(加藤崇之も同じ時間に同じ主旨のライブをやっていたようなので、こちらが来ればよかったなあなどと考えた)、なんだかただ浮かれているだけのような演しものだと感じたので、ぐっと盃を空けてその場を離れる→再びJenny's Kitchenに向かい、まだ早いので近くの公園でiPhoneを手にTwitterやFacebookを眺めていたら、そこでもなんか踊りのようなものが始まった。これもうるさいので、iPhoneでの用事を済ませてJenny's Kitchenへ→本日二本めは今井和雄ソロ(sound objects)。調理用のボウルの中で電気仕掛けで動くボールを動かしたり、金属製の虫のような形は同じだがそれぞれ動く速度が異なるオブジェクトを鉄板や木の板の上で動かしたり、バネや金属の柱のようなものに振動する機械を取り付けたりして、で、それぞれの振動音を増幅したりエフェクターを通したりして、驚くべき音響を作り上げていく。その音響の中で今井和雄が角笛のようなものを吹いたり、六弦のバイオリンのような楽器を鳴らしたり、という演奏。なんというか、嬉しくなるくらいキチガイ。そんな恐ろしい音響を奏でながら、ひとつひとつのオブジェを細やかに世話したり、世話する途中で転びそうになったり、接触不良かなにかで動かなくなったオブジェを後ろに放り投げたらやけに美人のアシスタント?がドライバー片手に修理したりと、笑いを起こす場面もあって、見ているほうも頭がおかしくなってくる。演奏の終わりは、ミキサーのフェーダーなどを一気に下げておしまいなのかと思ったら、オブジェをひとつずつ、スイッチを切って止めていくというのもなんだか可笑しいし、全部の音が止んだあと「お騒がせしました」と挨拶するのも可笑しい。今までに体験したことのないわけのわからなさで心震わされた。思いがけずよい体験をした→さすがにちょっとぐったりしたので電車に乗るが、結局八幡山で降りて徒歩。32分、3527歩、2.6km、140.8kcal。ひさびさの一日一万歩であった→帰宅後即風呂→風呂上がりに素っ裸で眠る→起きてカレー一皿食べて、また横になり、それから麺つゆ仕込んで日記書いて就寝。明け方5時頃。
9月7日(日) 朝11時起床→Twitpicバックアップ続き。多分今日中には→昨日またぞろ歩くのが楽しく感じられたので、午後は買物がてら散歩。北満飯店の前を通ってから経堂四丁目を桜一丁目の崖上方面へ左折、よくわからず歩いて勝光院に出たので参詣、さらに久々に世田谷八幡参拝(ここでうっかり賽銭箱に財布を投げる)、豪徳寺に出て鳥武でもも肉と笹身と焼き鳥購入、赤堤一丁目のお屋敷町を抜けてすずらん通り、いったん駅のほうに戻り亀屋で菓子買い、取って返して油揚と野菜と思ったら一力も梅田青果も休み、しかたがないので一番町外れのスーパーでがっかりしながらにんにくとなめこと納豆(納豆はまあ普通)を買い帰宅。都合一時間五十分ほど、9689歩、7.461km、365.6kcal→風呂→賄い当番。なめこと油揚のおつけはよくできた。キャベツ千切りのサラダや玉葱とオクラとツナの和え物はまあまあか。鶏モモ肉と笹身のカシューナッツ炒めは、ちょっと薄味かと思ったが味は悪くなかった。あとは火の通し方だなあ→晩のお供にビリー・ワイルダー『第十七捕虜収容所』(1953年、ウイリアム・ホールデン主演)見る。これも、これぞ映画、と思う作品。こういうのをいろいろ喋りながら見られる幸せよ→Twitpicのバックアップ(写真およびコメント)完了。夜2時頃就寝。
9月8日(月) 朝8時半起床→11時半頃出発→昼過ぎお茶の水到着。早めに着いたので珈琲でも、と思ったが、レモン画翠の喫茶店はとっくの昔になくなっていた→目的地近くのビルの前に腰掛けて時間潰す。近所に神保町軍装店があった→打ち合わせは非常に有意義だった。仕事になればよい仕事になると思う。ただし落語会全般を“寄席”と言っていたのは、もう一度ちゃんと正さねばならないと思われる→久々に神田まつやで一杯→銀座線で浅草に出て演芸ホール。柳家喬太郎の芝居がお目当てだが、昼席も仲入り前の三遊亭歌武蔵『宗論』から聴いた。いつも通り爆笑。仲入り後は三遊亭歌る多『つる』や春風亭一之輔『鈴ケ森』も心地よかったし、三遊亭小円歌〜圓歌の流れも相変わらず。早めに来てよかった→夜は、前座の最中に招待券の客を入れるというのはいつもの浅草の風景だが、前座の柳家緑太がその中でしっかりと『狸の恩返し』を演っていたのが頼もしかった。いつもとひと味違うホームランの漫才、これまた噺は耳に馴染んだ古典通りなのになにかがひと味違う隅田川馬石『子ほめ』、名人芸と言ってよいだろう名古屋弁が可笑しい三遊亭圓丈の『名古屋版金明竹』、ぼそぼそ喋る地噺が聴こえるか聴こえないかなのに妙に可笑しい柳家喜多八『目黒のさんま』、昨夜の秋雨の鬱陶しさを切り払うかのような小気味のよい春風亭一朝『芝居の喧嘩』(噺の途中にほんの少し『たがや』を入れ込んだのがまた可笑しかった)と、宝塚ネタを繰り出したにゃん子金魚の漫才などなど、満足度の高い高座が目白押しだったし、いつも通りのペペ桜井、さらっと演った鏡味仙三郎社中の曲芸やダーク広和のマジックが差し挟まれる塩梅もよかった→柳家小菊は、声が小さいのはいつも通りだがちょっと熱の隠った感じで、それがまた続くトリの柳家喬太郎の熱演によく合っていたとも思う→で、その喬太郎、20 分くらいの持ち時間のうち10分に及ぶウルトラマンガチャガチャなどをネタにして、途中二階席のカップル客を思いっきりいじったりしながら客席を爆笑の渦に叩き込み、さあどんな爆笑ネタで来るのか、と思いきや、なんと『孫帰る』を演り始めて意表を突かれる。あとから考えたら、爆笑のマクラの最中ひとり帰った客がいたので、それへの当てつけで敢えてじっくり聴かせる人情話を持ってきたのかもしれない(と言ったら穿ち過ぎか)。あの爆笑のマクラのあとにすっと始まり、孫とお爺さん、そして最後にお婆さんが出てきてあざとい泣かせもなく淡々と進む噺なのに自然と泣けて来る『孫、帰る』に、気持ちをとても心地よくもみくちゃにされた。この一日だけを聴いても、この十日間はさぞかし素晴らしい芝居だった(あと二日あるから「になる」か)だと思った→帰りは浅草一代。最初は若い人たちが静かに呑んでてなにも起きない雰囲気だったが、あとから若い韓国人旅行者のカップルが入ってきて、特に会話が弾むでもないのになんだか嬉しい雰囲気になる。一代の女将が韓国語ペラペラなのには驚いた。川越まで鰻を食べに行ったというカップル、お土産にと煎餅を見も知らぬ私にもくれたので、帰り際に女将に千円渡し、一杯ずつ奢ってあげてと頼んだ→電車で平和に帰宅→風呂沸かしている間横になってたら、そのまま寝てしまった。
9月9日(火) 朝10時半起床。まず風呂→朝食は昨夜の残り、これがワカサギの唐揚げだのかますの塩焼きだのだったので、当然ビールを開ける→日記と昨夜の演芸ホールの模様をまとめ→夕方新宿へ出かける→まずヨドバシカメラでDVD-R購入→それから草枕で遅い昼→Pit Inn前でO形と待ち合わせ。時間間違えて余ったので、近くの立ち飲み屋でもう一杯→で、Pit InnにてGiulietta Machine。なんと初のPit Innワンマンは、立ち見が出るほどの盛況であった。演奏も、チェロ、クラリネット、トロンボーン、歌とゲストが多かった所為もあろうが、いやメンバーだけでもかなりスケールが大きく、またいつもとは違った深さが感じられた。『Polka Dot』などベースがとても気持ちがよいと感じた曲もあり。いくつもの曲で身体が自然に動いた→客席にしらかめご夫婦がいらしててびっくり→Galabox嬢よりとうほぐまつりの切符いただき、各位にご挨拶してお暇→セカンドラインで一杯。ライブの余韻もあり、ここでも音楽を堪能する。煙草も吸った。酒は二杯→平和に電車で帰宅→風呂あきらめて寝る。夜中2時頃。
9月10日(水) 朝10時半起床。宿酔い→O形旧作電子配信の件告知→午後皮膚医者に行こうと思ったらとつぜんの大雨。諦めてビール呑む→夕方午睡→起床後、賄い当番。二時間くらい料理し続けた。白葡萄酒も開けて、意外に豪華な晩になった→晩のお供はヴィットリオ・デ・シーカ『ああ結婚』(1964。マルチェロ・マストロヤンニ、ソフィア・ローレン主演)。マルチェロは相変わらずのマルチェロだが、ソフィア・ローレンの芝居が素晴らしかったな→食後即就寝。午前2時頃。

2014年09月08日

浅草演芸ホール9月上席昼夜

浅草演芸ホール九月中席昼(仲入り前から)および夜

神田錦町で、珍しく真っ昼間に打ち合わせを終え、須田町まで歩いてまつやで一杯、と来たら寄席にしけ込むしかないよなあと、神田駅から銀座線に乗って浅草へ。

お目当ては夜席の柳家喬太郎の芝居だが、せっかく昼間時間が空いたので、昼席の仲入り前の、相変わらず爆笑の三遊亭歌武蔵『宗論』から見物(息子が妙な西洋人口調なのと、それなのにそこには一切触れられないところとか、「今」という言葉を出すために「玄関……? 台所……?」とやるところなどな、何度聴いても好物)。仲入り後の三遊亭歌る多『つる』や春風亭一之輔『鈴ケ森』も心地よかったし、三遊亭小円歌〜圓歌の流れも相変わらずのお楽しみ。早めに来てよかった。

***

夜は、前座の最中に招待券の客を入れるというのはいつもの浅草の風景だが、前座の柳家緑太がそのざわざわする中でしっかりと『狸の恩返し』を演っていたのが頼もしかった。

その後も、いつもとひと味違うホームランの漫才、これまた噺は耳に馴染んだ古典通りなのになにかがひと味違う隅田川馬石『子ほめ』、名人芸と言ってよいだろう名古屋弁が可笑しい三遊亭圓丈の『名古屋版金明竹』、ぼそぼそ喋る地噺が聴こえるか聴こえないかなのに妙に可笑しい柳家喜多八『目黒のさんま』、昨夜の秋雨の鬱陶しさを切り払うかのような小気味のよい春風亭一朝『芝居の喧嘩』(噺の途中にほんの少し『たがや』を入れ込んだのがまた可笑しかった)、宝塚ネタを繰り出したすず風にゃん子金魚の漫才などなど、満足度の高い高座が目白押しだったし、いつも通りのペペ桜井、さらっと演った鏡味仙三郎社中の曲芸やダーク広和のマジックが差し挟まれる塩梅もよかった。私は苦手な桂文楽の高座でさえ、心地よさを感じた(この日は『替わり目』)。

膝替わりの柳家小菊は、声が小さいのはいつも通りだがちょっと熱の隠った意気がいい感じで、それがまた続くトリの柳家喬太郎の熱演によく合っていたとも思う。

で、その喬太郎、20分くらいの持ち時間のうち10分に及ぶマクラで、東宝チャンピオンまつりや東映まんがまつり、喬之助とウルトラマンガチャガチャの話(初代ウルトラマンと新マンのスペシウム光線の形の違いをちゃんと表現してる、とか)、演芸ホールに古今亭志ん朝やら立川談志やらのフィギュアのガチャガチャがあったら面白い、などをネタにして、途中二階席のカップル客を思いっきりいじったりしながら客席を爆笑の渦に叩き込み、さあどんな爆笑ネタで来るのか、と思いきや、なんと『孫帰る』を演り始めて意表を突かれる。

あとから考えたら、マクラの最中「今日は古典はやらないと思う」「人情噺でも聴けると思ったらこんなガチャガチャの噺で(残念でしょうけど)」と言ってたらひとり帰った客がいたので、それへの当てつけで敢えてじっくり聴かせる人情話を持ってきたのかもしれないと思ったが、穿ち過ぎかな? 最初からこの流れで『孫、帰る』を演るつもりと考えるのが自然かもしれないが、ともかく、あの爆笑のマクラのあとにすっと始まり、孫とお爺さん、そして最後にお婆さんがだけが出てきて、マクラを引きずるかのような爆笑場面(猫のたまを唐突に「ダーク広和」や「春風亭一朝」「柳家喜多八」と呼んでみたりとか、やけに細かい喫煙描写を演じながら神奈川や東京の禁煙施策に対する文句を言ってみたりとか)も織り交ぜつつ、あざとい泣かせもなく淡々と話を進ませながら、終盤の孫の台詞と約40秒もの間の芝居に自然と泣かせられる『孫帰る』に、気持ちをとても心地よくもみくちゃにされた。

この一日だけを聴いても、この十日間はさぞかし素晴らしい芝居だった(あと二日あるから「になる」か)のだなあと、演芸ホールをあとにした。

備忘としては—

・季節柄、翁家勝丸も鏡味仙三郎社中も、揃って五階茶碗の芸で「十五夜は満月の形」をネタにしていた。

・そして金魚の頭は“中秋の名月と月見団子”であった。ネタは8月中席で見たのと同じベルサイユ宮殿の話題からゴリラ振りへの以降が無駄に鮮やかなやつであったが、金魚が宝塚マニア、という話題からさんざん宝塚の歌を歌うくだりが妙に可笑しかった。

・昼の膝替わりの小円歌は、『相撲甚句(二上り甚句)』、新内流し(かちかち山の狸)、出囃子各種(文楽『野崎』、志ん朝『老松』、志ん生『一丁入り』。『老松』と『一丁入り』では前座の金原亭駒松が太鼓で登場。本人も打ちながら首を傾げていたし、あまり間がよくなかった気がする。あと圓歌『二ツ巴』をドロドロと)、『さんさ時雨』。最後に『かっぽれ』を賑やかにひと舞い。

・本文で「私は苦手な桂文楽の高座でさえ、心地よさを感じた(この日は『替わり目』)」と書いたが、酒呑みのことを話すくだりで「最近は学生なんかが一気飲みをやっている」というのはいただけない。そう語る主旨がなにかあるのかもしれないが、もう少し時代の移り変わりを見たほうがよいと思った。

・ダーク広和のマジックは、わざわざラジコンで“ファンカードを演る手”を運んでくるのが可笑しかった。

・夜の膝替わりの小菊は、『金来節』、都々逸(ひぐらしが鳴けば来る秋わたしは今日で 三晩泣くのに来ない人、傘を買うなら三本買うて御座れ日がさ雨がさ忍びがさ)、『淡海節』、『ぎっちょんちょん』『角力甚句』。

以下、この日の演目。

-昼席
三遊亭歌武蔵・・・・宗論
(仲入り)
三遊亭歌る多・・・・つる
翁家勝丸・・・・・・太神楽曲芸
春風亭一之輔・・・・鈴ヶ森
三遊亭歌司・・・・・漫談
三遊亭小円歌・・・・三味線漫談
三遊亭圓歌・・・・・中澤家の人々

-夜席
柳家緑太(前座)・・狸の恩返し
柳家右太楼・・・・・真田小僧
柳家喬之助・・・・・寄合酒
ホームラン・・・・・漫才
隅田川馬石・・・・・子ほめ
春風亭栄枝・・・・・漫談
ぺぺ桜井・・・・・・ギター漫談
柳亭左龍・・・・・・普段の袴
桂文楽・・・・・・・替わり目
鏡味仙三郎社中・・・太神楽曲芸
三遊亭圓丈・・・・・名古屋版金明竹
(仲入り)
三遊亭丈二・・・・・漫談
すず風にゃん子金魚
 ・・・・・・・・・漫才
古今亭志ん橋・・・・出来心
柳家喜多八・・・・・目黒の秋刀魚
ダーク広和・・・・・マジック
春風亭一朝・・・・・芝居の喧嘩
柳家小菊・・・・・・粋曲
柳家喬太郎・・・・・孫帰る

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