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2014年10月31日

10月まとめ(21〜31日)

10月21日(火) 朝9時起床。ステッパー7分。あとグーパー体操。昨夜は飲酒しなかった所為かすっきり目覚めたが、睡眠も快適だったような気がする→昼食をはさんで、ひょうたんスピーカーの原稿作成。まずは分量を考えずに。分量の是非を除けば面白いものが書けたと思う→賄い当番。なんかスープのようなものを作ろうと思ったら、結果的にマトンカレーになった→チャパティの種は柔らか過ぎた。粉を足してなんとかする→風呂→血圧は高めのまま。ここ二三日見られたふらつきは軽くなった気がするが、まだときどきふらっと来る→右ひざは、日中は特になにもなく、少し快方に向かったかなあと思ったが、夕方から少し重みを感じるようになった。風呂に浸かりながら少し屈伸などもしてみる→『すべてがFになる』のTVドラマ化したのを少し見てみたが、イメージが違う上に面白いと思えるところがなく、主役ふたりの知能が卓越しているようにも見えず。かといって原作を読み返したくもならないし、来週からはもういいか→今日も酒抜き。夜11時頃就寝。
10月22日(水) 朝8時半起床。ステッパー7分。あとグーパー体操2分弱。これで血圧下がるのかなー→午前中、B電子の残り二本の原稿を、ひとまず想像できる範囲で書いて、とりあえず送ってみる。あとは詳細が来てから→午後も雨だが整形外科。痛みはかなり和らいでいるが、右ひざの奥にあるいやな感じはまだまだ消えず。ふとしたはずみにぐきっと来ることもまだある→ついでにO形と待ち合わせ、ピーコック、かばた、ビーバートザンで買物→懸案だった玄関と車庫の街灯取り替えをようやく。何年かかってんだ→『FIRST CLASS』新シリーズの再放送を見たが、なんだこりゃという内容だった。見ながら沢尻エリカの似顔絵を描いてみたら、とんでもない絵になった→ひょうたんスピーカー若干修正→風呂→『FIRST CLASS』新シリーズの今日の分を見たが、ベテラン俳優が絡み合う場面は割と面白かった。まあそこ目当てに気が向いたら見るかなという感じか→『きょうは会社休みます。』は、二回めにして胸に沁みる場面があった。綾瀬はるか(または綾瀬はるかへの演出)はなかなかうまいと思う。作り物と現実味の境界を漂っているような感じもいいなと思った→ついでに『笑点特大号』見る。オープニングで円楽とたい平が替え歌でメンバー紹介するのはとても可笑しい。あとかもめんたるのコントを生で見たいな、と思った。が、寄席には出てない模様。劇場に見に行くのはちょっと面倒かな→ステッパー8分やってから夜2時頃就寝。
10月23日(木) 朝8時半起床。ステッパー7分。あとグーパー体操2分弱。朝この組み合わせを始めてから四日目だが、少しだが起床時血圧は減少傾向にある→昼前に老父宅。買物付き添い。自分の買物も行う。クルマの運転は大丈夫そうだ→老父宅にて昼食がてら墓参の打ち合わせ→昼過ぎ帰宅。昨夜見た『きょうは会社休みます。』と『笑点特大号』を再見。どちらも二回見ても面白かった→ひょうたん原稿修正して送る→晩の仕度→風呂→NHK BSプレミアムの『シリーズ東京第3回 「街はこうして輝いた 〜六本木・川添梶子〜」』、掘り下げが浅い気もするし多少ご都合主義的に話を運んでいた印象がないではないが、強引だったり押し付けがましかったりというところがほとんど感じられなかったところはよかった→夜2時就寝。
10月24日(金) 朝8時半起床。ステッパー7分。あとグーパー体操2分弱→B電子のUSBポート原稿直して送付→午前中に整形外科→梅田青果、亀屋、魚真、一力で買物して帰宅→B電子取っ手の原稿修正→麺つゆの仕込みから始まり、昆布煮〆、貧乏フライを作り、晩のおつけと鶏大根を作りつつ途中で蕎麦茹でて昼にして、米磨いで他の御菜も用意する三時間くらい台所に立ってたようだ→午睡。調理に根を詰め過ぎたようだ→風呂→なんだか豪華な晩になった→晩のお供に『Nのために』二話分見る。これまた丁寧に作ってるなあという印象。しかしTVドラマオリジナルの物語というのは、もうなかなか難しいのか→晩に久し振りにビール呑んだ(日曜以来だから五日ぶり)。やはり少し調子悪いのか、酔いはしないが若干頭痛発生。夜0時頃就寝。
10月25日(土) 朝10時起床→午後、バスで渋谷に出てドレス経由(明日の朝食調達)で下北沢→初めて行くサーカスという店で、酒井俊とレオナのセッションを見物。ほかにメンバーは、Warren Craft (tap dance)、類家心平 (tp)、熊坂路得子 (acc)、瀬尾高志 (b)。『寿限無』や『スカンポ〜かんぴょう』とタップダンスが合うだろうなあというのは想像していたが、『回想』や『真夜中のギター』でタップダンスがあんな演劇的効果を生むとは想像していなかった。それもこれも、無限に饒舌なレオナとウォレン・クラフトの妙技があってこそと思うが。『街』や『エドガーの日常』でのタップダンスも観たかったと思う→帰りにバスブズークで一杯→平和に電車で帰宅。ちょっと疲れたか→帰宅後白石温麺すすって就寝。
10月26日(日) 朝8時起床→午前10時出発、老父を迎えに行き富士霊園へ→中央高速は快調。団子坂で昼。サービスエリアの蕎麦ってあんなまずかったか?→霊園近くになったら雨降り始め、墓場ではかなり強くなった。ご先祖には申し訳ないが、墓参は五分で終了→御殿場通って今日の宿へ。道は一つも間違えなかった→宿着いてビール、風呂、利き酒、ビール→晩飯はまあ普通だった。部屋のお茶はお湯がカルキ臭かった→部屋に戻って即就寝→夜中に目覚めるが、風呂は閉まってるので、読書→朝方4時頃就寝。
10月27日(月) 朝8時起床→却って疲れそうなので、朝風呂はやめにする→チェックアウト後、昼まで時間があるので芦ノ湖見物。人はそこそこいたが、寒かったし色彩がなく寂しい感じだった。箱根神社付近の土産物屋で買物→往路の道程を逆に辿り、御殿場に出て、名鉄菜館で昼。ここはなかなかうまいな→あとは138号から東富士五湖道路、中央道でひたすら帰路。二時間くらいで調布インターチェンジ着→老父宅に寄って木村家にあったコリントゲーム受け取り、途中でガソリン入れたりパワーラークスで晩の買物したりしつつ帰宅。長時間の運転でどうかと思ったが、右足に特に負担はなかったようだ→風呂→『ヨルタモリ』、一回めほどの驚きはなかったな。往年のネタの延長戦ではないネタが見たい、タモリは毎回違うキャラクターで登場したほうが面白いような気がする、能町みね子の役割がわからないなど、自分にとっての負の面も見えてしまうし、宮沢りえはいい感じではあるがもっとはじけてもらいたいなどなども感じた。タモリに好きにやってもらう番組であることは承知しているが、見ている側としてはいろいろ期待や希望は募る→『ごめんね青春!』は、失火という重たいテーマを底に敷きつつも、青春のバカさ加減だけで話を保たせていて面白いなと思う。バカ男子と優等生女子の心が通い合うような場面に、素直に感動して泣きそうになったりもした。あと満島ひかりの衣装がいちいち可笑しい→夜10時頃就寝。
10月28日(火) 夜中3時間くらい起きたのち再び寝て朝9時起床→午前中整形外科→下北沢に出て乾物屋で買物し、久々にモエツカリーで昼→グラニフ覗いたら吊り編みのなかなかよいスエットシャツが手頃な値段であったので購入。LOOPWHEELERだと1万5千円くらいするようだが、こちらは九千円くらい。比べてないので価格差と品質や着心地の差はわからないが、試着した限りではかなり具合がよい→帰宅しB電子の直しやって送る→交通事故証明書の件で自動車安全運転センターと渋谷警察に問い合わせ。恐らく警察内で手作業の管理なのだろう、なかなかすっとわからないものなのだなあ→午睡→また今日も大根煮る。あとレンコンのピリ辛も→風呂→広沢栄脚色、堀川弘通監督『娘と私』(獅子文六原作。山村聡、星由里子、原節子主演。フランソワーズ・モレシャン、杉村春子、松村達雄、古今亭今輔(五代目)、小沢栄太郎、東野英治郎、菅井きん、山崎努出演。1962年)見る。些かダラダラと長い脚本はどうかと思ったが、役者陣の演技には圧倒された→夜1時頃就寝。
10月29日(水) 朝9時半起床。ステッパー8分→B電子より新しい仕事の依頼。JINYA DISCのCD紹介文作成(従来のをもとに見直しや表記統一など)。年内いっぱい。小遣い程度の金額だし手間を考えたら効率は悪いが、内容は面白そうだ→木工シリーズも新たに発注あり→午睡→風呂→とても久し振りにダウンタウンの番組(『リンカーン』か?)を見たが、たいそう面白かった。小籔千豊のプレゼンテーションが特に→『きょう会社休みます。』は安定しているなあ→夜0時過ぎ就寝。
10月30日(木) 朝8時45分起床。ステッパー8分→B電子宛請求書発行→昼、神田連雀亭を覗きに。お茶の水駅の聖橋口から連雀亭に向かうと、下り坂が急でちょっと難儀する→連雀亭は席数が33、もちろんマイクなしのこじんまりした趣き。昔は寄席といえばこれくらいの規模がほとんどだった、とも聞く→今日の連雀亭は、柳家かゑるが東京では珍しい『たまげほう』を聴かせてくれたし、橘ノ圓満はかなりしっかりとした『替わり目』を演ってくれた。いつもこんな感じなら、昼の席は木戸銭五百円だから、家の近所ならちょくちょく(下手すりゃ毎日でも)通うな。でも電車乗ると思うと、ほかに目的が要る→この界隈に来たついで、復活を遂げた神田やぶを冷やかしてみようと思ったのだが、さっき遠くから眺めたら長蛇の列。松栄亭で一杯やってから再度覗いてみたがまだ列ができてるので、まつやで一杯。その後、家内を連れてきたときのことを考えて竹むらを覗き、土産に揚げ饅頭→経堂駅前で豚肉と玉葱、トマトを買い帰宅→午睡→風呂→NHKの『歴史ヒストリア』の遠野の回を見る。震災に結びつけなくてもいいのになーと思う。震災は震災で大事な話題だが、この回で結びつけると主旨がぶれるなあと思った次第→『アメトーーク』の中川家見て笑ってから就寝。夜1時くらい。
10月31日(金) 朝8時半起床。ステッパー8分→午前中整形外科。できるだけ毎日来るように、との由→昨日遊びに行った連雀亭についてブログにまとめ→B電子の追加注文原稿(Mac mini用木製スタンド)を作成→午睡→晩のお供は須川栄三監督『或る大阪の女』(1962年、団令子主演)。貧乏とえげつなさに彩られた画面と当時としてはかなり本式のジャズとのミスマッチが可笑しかった。溝口健二の『浪華悲歌』(1936年)のリメイクなのか。こちらも見てみたい→夜10時過ぎ就寝。

2014年10月30日

神田連雀亭ワンコイン寄席、2014年10月30日(木)

神田連雀亭ワンコイン寄席、2014年10月30日(木)

今月11日に開亭した落語・講談二ツ目専門の寄席「神田連雀亭」を、昨日ようやく覗いてきた。

場所は名前のとおり神田連雀町—現在の神田須田町で、鶏鍋のぼたんから先頃復活した神田やぶそばに抜ける路地に入り口がある。一階にやぶそばに面した「マルシャン」というイタリア料理屋が入っているビルの二階で、席数は33ほど*。一列8人×4列(最後列のみ9人)の幅広の設えなので、最後列に座っても高座はかなり近い。当然、高座にはマイクなし。お囃子は(多分)録音したものがスピーカーから流れてくるが、高座が始まると生声での落語や講談が楽しめる。

*11/4附記。この日は椅子の数を数えて「席数は33ほど」と書いたが、その後連雀亭の「施設利用案内」をダウンロードして参照したところ、「 【客席キャパ】パイプ椅子40席」とあった。念のため、会場側の席数設定もここに記しておく。また11/2のきゃたぴら寄席では、42人の大入り満員だったとの由。

昔は寄席といえば、これくらいの規模が多かったとも聞くし、なにしろ遊びに行きやすい木戸銭だから、ありし日の“寄席に遊びに行く気分”ってのはこんな感じだったのかな、などとも妄想する。

ただし客席は畳敷きではなくパイプ椅子だし、照明は明るいしなにより出来上がったばかりで場内はきらきらとした感じできれいなので、たとえば正岡容が『随筆寄席風俗』で書いていたような「ほんとうに、昼席の、やるせない薄ら明かりほど、夏といわず、秋といわず、冬といわず、しみじみと都会の哀しみを知らせてくれるものはない」といった昔の寄席の風情は感じられない。

そうした風情を感じられはしないが、しかし新しい場所を作っていこうという意欲はひしひしと伝わってきた。ちなみに私が到着したときは、受付をこの日のトリの橘ノ圓満が担当されており、そういうところにも(仕掛人の古今亭志ん輔のもとに)二ツ目が集って手作りで落語・講談をもり立てて行こう、という意志のようなものが立ち上っていたように思う。

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さてこの日高座に上がったのは、桂翔丸、柳家かゑる、橘ノ圓満の三人。演目とそれぞれの所属、略歴は下記のとおり。

桂翔丸・・・・・・・熊の皮
(芸協、桂幸丸門下、2009年入門、2013年二ツ目)
柳家かゑる・・・・・たまげほう(月亭太遊作)
(落協、柳家獅堂門下、2007年入門、2013年二ツ目)
橘ノ圓満・・・・・・替わり目
(芸協、三代目橘ノ圓門下、2002年2月入門、2006年二ツ目)

この日の中では一番入門が若い桂翔丸は、『熊の皮』の中で「長屋」というところをなぜか「楽屋」といい間違い、二度めのいい間違いのあとからちょっと噛んだり間を外したりする場面も多く冷や冷やしたが、三度めにいい間違えたときについにそれをネタにして笑いを取り、それから以降はサゲまで滑らかに進み、すっきり着地。

やたらに元気のいい柳家かゑるは、東京では珍しい『たまげほう』(上方の月亭太遊作。くわしくはこちら参照)という実にわけのわからない(ところが魅力)の噺に、客をぐいぐいと引っ張るような力技で引き込んでくれたし、連雀亭のビラ配りにまつわる噺で組み立てたマクラも爆笑だった(書いちゃまずいかもしれないが、「やぶそばは客が並んでると近くの六文蕎麦から出前を取って出す」なんてところは笑った)。

トリの橘ノ圓満は、私など素人の耳には真打と言われりゃなるほどそうかと思ってしまうような、亭主と女将の人物やそれぞれの場面場面が鮮やかに浮かんでくるかなりしっかりとした『替わり目』を30分近くじっくりと聴かせてくれた(ちなみに翔丸とかゑるはそれぞれ15分ずつ)。

平日昼の「ワンコイン寄席」が、二ツ目三人が高座に上がって都合一時間で木戸銭500円。平日夜と土日祝昼の「きゃたぴら寄席」が四人一時間半で木戸銭1,000円(どちらも前座はなく二ツ目だけで回す模様)。一日から二十日までは毎日やっているし(二十一日から月末は貸席)、一口に二ツ目といっても実力としては真打に近い人もいるわけだから、気楽かつ身近に落語や講談の芸を楽しめる試みとして、また落語好きとしても普段あまり触れる機会のない二ツ目の方々の芸を日常的に楽しめる場として(そして何より二ツ目の方々の貴重な経験の場として)、一度覗いただけでも大変素晴らしい試みだと思う。この日は平日の昼ということもあるだろうし、入りは半分よりちょいと少ない感じだったが、この先落語好きの間にこの場所の存在が定着して、長く続くことを希望する。

ただ、家の近所ならまめに(下手すりゃ毎日)通うと思うが、電車に乗って小一時間かけて出かけて三席か四席、だと、それだけを目的にして出かけるとなると足が向きにくいかもしれない。が、幸い立地としては(神田駅や秋葉原周辺から神保町まで範囲を広げて考えれば)ほかの目的もいくらでも見つかるので、応援する意味でもちょくちょく通いたいなと考えている。

2014年10月20日

10月まとめ(11〜20日)

10月11日(土) 朝7時半起床→午前中整形外科→昼にビール→午睡。なぜかぐっすり→尾形告知(ツイートとホームページ更新)→靴磨き→風呂→晩。平凡パンチとガロをネタにしたNHKの番組を見たが、宇野常寛ってなんか上滑ってる感じがした。“二次創作”と“インディーズ”を並列に語る(ように聞こえた)のに違和感があったとか。ちゃんと話してみたらまた印象は違うのかもしれないが→夜11時頃就寝。
10月12日(日) 朝10時半起床。ステッパー6分。右ひざの曲がりが悪いのでまだ無理だろう→午後、アベちんの結婚披露へ出かける。もちろん家内同伴→まずは神楽坂の歯車で一杯。徳島産(だったかな?)のレモンとSACREDを使ったジントニックのようなカクテルを作ってもらった。薄め、濃いめ、SACREDが切れたのでジンを変えて薄め(マスカット入り)、と三杯。歯車で洒落た封筒を売ってる店がないかどうか尋ねたら、桂離宮土産のポチ袋を一枚くれた。親切だ→続いてカナルカフェにてアベちんの結婚披露。いきなり新郎新婦がお堀からボートで登場し笑う。そして新郎新婦の挨拶のときにアベちんが「私が大黒柱の◯◯です」と自己紹介していた。なんて逞しい。アベちんに会うのは二年振りくらいだが、また一回り(体格が)大きくなっていたような気がする。そして新郎はそれに輪をかけて大きな人だった。宴は二人の来し方を紹介する映像やお友達のバンド演奏などが続き、最後には打ち上げ花火が打ち上がった。子供連れの祝い客も多く、とても心温まるよい宴だったと思う。立食形式だったが、椅子席もありずっと座ってられたので助かった→引き出物が、帰りにスーパーで買ったカップ麺の上に置くとどれが引き出物かわからなくなるような(敢えての)趣味の悪さで、その“敢えての趣味の悪さ”も彼らの人柄を偲ばせて却って好ましいと思った。O村奈奈ちゃんが手伝ったらしいが、お会いできなかったのが残念→平和に電車で帰宅→服脱いで即就寝。
10月13日(月) 朝9時半起床。軽い宿酔い→O形の似顔絵イラストがgalaboxで販売開始。それの告知作業など→風呂→昨夜の引き出物の柿ピーとビール、あとカレーうどん→宮藤官九郎『ごめんね青春!』、よくできているなあ。予想も期待もせずに見たが、これはよかった→録画ダビング用編集作業とダビング→晩の仕度。適当に作った鶏胸肉とカシューナッツ炒め(ニンジン、玉葱、ニンニク、クミン、オールスパイス、塩、胡椒)がとてもうまくできた→晩のお供は『ハングオーバー2』。何度見ても笑う→F式と岩下を早くもつなげることができた→夜0時過ぎ就寝。
10月14日(火) 2時頃目が覚めてしまい(お腹が張ってる所為)、しばらくなにをするでもなく起きていた→三遊亭圓生『お神酒徳利』の録画など見ながら昆布金宮2合→朝方就寝→昼前起床→朝食後午睡→午後、経堂整形外科経由、ドレスで土産買ってB電子のリベンジコース。先週事故の所為で仕事の打ち合わせも流れたので、ちょっと無理をして訪問することにした→途中で寄れたら志村商店もと思ったが、忘れ物取りに帰ったり病院混んでたりで諦め、バスで直接渋谷に出る。バスだとずっと座ってられるので、こちらが正解だった→ドレスで森谷さんと落語談義。ビール二本→注意に注意を重ねて(そこまでする必要ないが)くだんの交差点をクリアして田園都市線乗車に成功→宮前平からバード電子までの道程は、駅を降りるといきなり延々続く坂道があり、ちょっとくじけた。予想時間の半分ほどで到着したが、右ひざにはかなり重みがかかり、休みながら登った→まずはB電子社長に、先日の急な予定キャンセルのお詫びと、怪我の経過報告。仕事の話も少し→あとは高柳昌行のレコード・コレクションから適当に引っ張り出してあれこれ聴きながら、ひたすらビールを呑む。大友良英や今井和雄をめぐる話など面白かったなー→かけたレコード、カセットテープは概ね下記の通り。

Bobby Bradford With John Stevens And The Spontaneous Music Ensemble『Bobby Bradford With John Stevens And The Spontaneous Music Ensemble』(1974)
Joni Mitchel『Jazz Singer』(1979。『Mingus』発売時に編集された販促用アルバム)

Spike Jones『Spike Jones is Murdering the Pops』(???)
Duke Ellington and John Coltrane『Duke Ellington & John Coltrane』(1963)
高柳昌行、斉藤徹『Jojo & Tetsu Duo at Airgen』(1986.7.20)
Wayne Smith with The Roots Radics『Slick We Slick』(1987)
Gato Barbieri 『El Pampero』(1972)
(あとはソニー・ロリンズの何かと、ギター・タンゴのレコードを少し)

あまったドレス料理は持ち帰り、駅前に出て居酒屋でもう一杯→途中駅のお手洗いで戻す。やはり最後の御酒と山芋千切りが余計だったようだ→あとは平和に帰宅。なんとなく奈良から近鉄で京都の宿に戻るような気分になる→千歳船橋で下車し帰宅。帰宅後即就寝。夜1時頃か。さすがにこれだけ移動すると、右ひざがかなり重たい感じになる。まだまだ遠出は無理だ。
10月15日(水) 朝9時半起床。宿酔い→朝食後二度寝→昼頃起きる→昼食後午睡→夜7時起床→風呂→O形出かけたので、久々に酒肴を作りながらひとりで呑む。いやーよかった→綾瀬はるか主演のドラマ『きょうは会社休みます』は面白くなると思う→O形寝かしつけてから後片付けし、夜2時頃就寝。
10月16日(木) 朝7時半起床→ひょうたんスピーカーの商品紹介ページの企画を考えて送付→事故から一週間経ったが、救急医の全治一週間という見立ては甘々だな→午睡→麺つゆ仕込みと明日の金継ぎ教室の準備→風呂→晩のお供は懐メロ番組。都はるみの劣化に驚いたが、あれはTVで聴いている所為なのかな。いろいろ気になる点があった。TVを通じて聴いていいなと思ったのは、岩崎ひろみ、八神純子、長山洋子、宇崎竜童。特に宇崎竜童がフライド・プライドの横田明紀男と演った『さよならの代わりに』はしびれた→夜11時頃就寝。
10月17日(金) 朝7時起床→午前中北千住へ。金継ぎ教室開始。朝の小田急線で人並みに押されて先に乗っていた人を押す格好になった際、激しく反発されたので、「なんですか?」と尋ねたがこちらを見ようともしなかった。なんだあれ→千代田線は日比谷くらいから座れた。まあ月に一回だし、荷物をもう少しうまくまとめれば通えるだろう→金継ぎ初日は、本うるしで割れた器をつなげ、セロテープで補強する、という作業を学ぶ。これが一ヶ月くらいで固まり、次のステップに進むとの由。形状や割れ方によっては思いがけずずれてたりして、これを修正する作業がなかなか面白い。あとセロテープで補強してからもずいぶん本うるしがはみ出てくるので、テープを替えながらこれを拭き取る、というやり方は自分で発見した。もっとも上手い人ははみ出ないくらいの分量を上手に塗るそうだ。まだまだ精進が必要→教室終了後、東口のサンローゼという喫茶店でエリちゃん、しげちゃん、H瀬さん、エリちゃんのアシスタントと会食。巨大な昭和喫茶で昼から飲酒。可笑しい。カツレツなども最初から酒肴として用意されているのはさすが北千住→その後エリちゃん、H瀬さんと東口ぶらぶらし、定食屋で呑む→御酒けっこう呑んだが、平和に電車で帰宅→駅前で蕎麦手繰り、19時過ぎ家につき、即就寝。途中でおきてカップヌードル啜り、また就寝。
10月18日(土) 朝9時起床→朝食後昼前ぎりぎりに経堂整形外科。昨日歩いた所為か、膝の違和感は増している。次回(週明け月曜)から温熱治療開始との由。先は長そうだ→久々にマレットで昼食→帰宅後午睡→B電子さいとうさん提案の盤のうち、スティーブ・ライヒ/パット・メセニーとクロノスカルテット『Diffrent Train』をYoutubeで聴く。ひょうたんスピーカーの仕事は面白そうだ→風呂→『玉川区役所 OF THE DEAD』は、三回めにして底が割れた気がする。見なくてもいいかもしらん。見てて何も考えずに面白いなと思わせられる引っ掛かりがあるかどうか、という点では、設定を盗用されたのではないかという話もある『就職難!!ゾンビ取りガール』のほうに軍配が上がる。かといって、『玉川〜』にぱっと見た以上のなにか深みがあるとも、今の時点では思えないのである。この先はわからないけど、もしあったとしても、先週や今週の回の大味な脚本や演出を考えると、やはり期待はできないかなあ→夜0時頃就寝。
10月19日(日) 朝7時半起床→O形絵日記更新→血圧高めでふらふらするし足のこともあるので、板橋美術館(駅から遠い)の『種村季弘の眼 迷宮の美術家たち』は諦める。図録だけ買おう→表計算で慰謝料目安計算表など作ってみる。まあ、治療期間が通院日数×2を大幅に上回ってしまわないよう注意することができるくらいの代物だが→続いて主婦休業損害について調査。賃金コンサスってのがあるのか→夕方風呂→『ごめんね青春!』はさすがにふっと抜いて笑いにするところがうまいな。これは毎週見よう→食後横になったらうっかり眠ってしまう→夜1時過ぎ一度起床→夜中に目が覚めたので録画しておいた『ヨルタモリ』見る。これは面白いな。即興のコントと素の会話とが行き来するような感じが、うまく進まないところがあるのも含めて可笑しいが、ゲストは別にして、レギュラーらしい?能町みね子がもう少し即興に乗っかれるようになると、もっと面白くなるのではないかと思った。初回は座持ちの悪さがしばしば気になったが、でもまあそれも含めて“酒場っぽい”と楽しむべきかな(来週も出るようなのでレギュラーかと思ったが、Webで見る限りでは、扱いとしてはゲストのようだ)。あとは合間に挟まるタモリの芸がどんな風に転がって行くかという点か。ここに、たとえばTVでたまに笑いをやる際のビートたけしのように変な老いが感じられてしまうと、酒場の場面も含めて、見ていて辛くなると思う。スタッフの笑いは、少し多過ぎる気がするが、まあこれは多分このままだろうな。宮沢りえの女将ぶりはとてもよい。いろいろな実在のママを研究したあとがあるように思ったが、まあそれはどうだかな→朝方4時就寝。
10月20日(月) 朝8時起床→ステッパー7分。まだ右ひざに違和感あり→朝食のお供に昨昼録画した笑福亭三喬『三十石』。歌舞伎を見ているようないい気持ちになった→整形外科。状態は前回(土曜日)から特に変わらず。しばらく温熱治療を行うようだ→梅田青果で玉葱、オクラ、長芋など買物→昼食後午睡→夜7時起床。昨夜の残りもあり、夕食はサラダだけ作れば大丈夫なようなので、久々に炊事当番する→血圧がやや高くぼおっとするので、明日は少し散歩など運動をしたいが、足のほうはどうかな。距離より時間と割り切りゆっくり歩いてみよう→風呂→今週は金曜日まで酒を断ってみようと思う→晩のお供に、録画しといたNHKスペシャル『カラーでよみがえる東京 〜不死鳥都市の100年〜』見たが、「カラーでよみがえる東京」部分だけ期待してて「不死鳥都市の100年」て部分についてほとんど考えずに見たので、制作の主旨がよく理解できず、特に後半はなんだか狐につままれた気分になった。戦後の歩みなどは今まで(カラー映像でも)見てきたわけだし、時折差し挟まれるオリンピック・プロパガンダなんか見せられても仕方がない、むしろ私はただ単に、白黒映像でしか見たことがなかった時代の東京の風景を少しでもたくさんカラー映像で見たかった、そしてカラー映像で見ることで見えてくることを考える材料がもっと欲しかったな、と思った次第→0時過ぎ就寝。

2014年10月10日

10月まとめ(1〜10日)

10月1日(水) 朝8時起床。宿酔い→食欲がないのでとろろ昆布と刻み葱にお湯かけて醤油で味付けした吸い物を一杯飲んだが、気分が悪くなり戻してしまう→それでも老父の歯医者つきそいはなんとか。買物と昼食も→昼過ぎ帰宅。画伯無事帰宅との由→午睡→麺つゆ仕込み→賄い当番→炊飯失敗。じゃがいも蒸すのも鍋焦がしたがポテトサラダはまあまあ。ポークピカタもまあまあ→ヤン・ヨンヒ vs 原一男対談見る。原一男は、最初の奥さんの影響で今日があるんだなあと思った。むろんそれだけではないが、『極私的エロス』がその後の方向を定めたのは間違いないと思うが如何→夜11時頃就寝。のつもりが、3時頃まで起きていた。
10月2日(木) 朝8時半起床→『マッサン』は、エリー可愛いな、というのが今のところの感想。でもそれはドラマの出来とは関係のない話だ。とはいえ、出演者が可愛いな、という印象だけで今のところ特にえっ? と引っ掛かるところなく心地よく見ていられるので、まあそういう出来のドラマなのだろうと思う。泉ピン子は、意地を張っているだけで、すでに鬼姑レベル低いし。これが高いまま一ヶ月くらいエリートの間に暗闘死闘が繰り広げられたら、それはとても面白かったと思うのだけれども→朝食後、久々にステッパー5分。10月は毎朝やろう→O形日記とホームページ更新→昼も、残り物に納豆だが、ちゃんと食べた。納豆の中身を考えたら割と豪華な昼食かもしらん→墓参りの宿泊手配→賄い当番。まずは大豆を圧力鍋で蒸す。半日くらい水に浸けた大豆にかつぶしをかけ、水2+麺つゆ1で、加圧開始から7〜8分蒸す、というのがよさそうだ。その後味を見て適宜足す→夕方もステッパー5分→風呂→賄い当番→TV東京の懐メロ番組見ながら晩。見ながらなにかたくさん言葉が出て来た→食後、横になったらすぐに寝てしまった→30分ほどで起きて歯磨いて血圧測って日記書いて就寝。夜0時頃→結局眠ったのは3時頃か。
10月3日(金) 朝9時起床。今日もステッパー5分→一度見たとは思うが、『笑う洋楽展』の70年代前期・後期を見て笑って、午前中終了→B電子の例の件、不採択との通知。残念→午後入浴がてら風呂場の排水溝掃除。洗い場をぐるりと取り囲む排水溝のフタの表面の細かい筋が洗いにくく黒くなってたのを、爪楊枝で掘っててすごい時間かかるなーと思ってたら、とつぜん雷に打たれたように、古歯ブラシを使えばいいのだ! と思い付いた(遅いよ)。早速試してみたら、三日かかるつもりの作業が数十分で済んだ→風呂から上がって軽く温麺食べて、中野へ→劇団S.W.A.T!の記念すべき第50回公演『Speak of the Devil 「DJANGO 夜明け前」』見物に。悪魔ものなのに、幕末の京都と会津が舞台で、妖怪も出てくるのが楽しい。りょうさん歌上手くなってたし、ジャンゴとしての男っぷりも上がっていたように思う。あと陰陽師と坂本龍馬のひとり二役?を、若手の森屋正太郎が実にうまくこなしていた。座長四大海と清水浩智のぐだぐだな絡みは今回ほとんどなかったが、全体的にはとても面白かったなー→高円寺までぶらぶら歩いてちんとんしゃん。御酒二杯でやめるつもりが、つい他のお客との会話に花が咲き、気が付いたらわけもわからず徘徊。最初中央線のガードを潜ってしまい方向を見失ったが、和田堀公園や大宮八幡を過ぎて下高井戸を抜けて、無事帰宅。帰りにいただいた葡萄酒をどこかに置き忘れたのが痛恨→朝8時くらいに就寝。
10月4日(土) 昼頃起床。半日宿酔いで横臥→カレーライスなど食べ、夕方復活→風呂→『タモリ倶楽部』の「タモや相撲クラブ」面白かった。シリーズ化してもらいたい。最後の浦風親方の男泣きはカッコよかったなー→続いて『玉川区役所 OF THE DEAD』見る。これも面白そう。いろいろきちんと作っているなという印象。ただ、福満しげゆき『就職難!! ゾンビ取りガール』の盗用という指摘もあるようだ。読んでみなきゃ→夜1時過ぎ就寝。
10月5日(日) 朝10時起床。台風。ステッパー5分→福満しげゆき『就職難!! ゾンビ取りガール』をKindleで買って読んでみた。『玉川区役所 OF THE DEAD』とそれぞれ違う味わいの作品に育つ(育った)のだろうとは思うが、やはり大元の設定はほとんど同じだ。そう言われたら、有効な反論は難しいと思う。そこに対して(後発の)『玉川区役所 OF THE DEAD』のほうがうまく手を打たないと、面白くないことになるかもしれない。『ゾンビ取り』の第二巻のあとがきで「例えば新宿や銀座に、なんらかの事情でゾンビが歩いているような事態になったら、ササッ……とお巡りさんが、かたづけて、その地域の「ゾンビ身元捜し課」みたいなとこか「ゾンビ処理課」みたいなとこに連れていってるのでしょう。」と書いてあるので、そこなんかも『玉川』のほうの設定の突っ込みどころになるだろうし。『玉川』もあの時間にへらへら見るにはとてもよいドラマに仕上がって行きそうなので、下手なことにはならないといいなと思う→風呂→晩は賄い当番。蕪の葉の天ぷらを作り過ぎた。金宮に昆布を漬けておき、軽く燗をしてから適宜お湯で割りながら呑むやり方は当りだった。食事主体のときにはよい呑み方→藤山直美と寺島しのぶが初共演という『最強のオンナ』見る(TBS系)。藤山直美の息子のくだりなど、組み込み方が上手くないなあと思ったが、それでも役者の力はすごい。このふたりと岸部一徳、あと鈴木梨央の芝居だけで気持ちよく鑑賞できた→ドラマ見終わったあと即就寝。11時頃か。
10月6日(月) 朝9時半起床。台風。ステッパー6分→朝飯と昼飯両方作る。朝はうどん、昼はご飯とおつけ→煮干し出汁殻でふりかけ製作→午睡→夕方6時頃、高円寺へ向かう→ちんとんしゃんにて入船亭扇辰独演会を見物。『阿武松』と『五人廻し』よい会だった→打ち上げで、林家の兄弟は落語会の中でどう考えられているのか、という実に失敬な問いを、前座の辰のこさんと扇辰師匠にぶつけてみた。汗顔の至りだが、実に真摯に答えてくださった。感謝→案の定結構呑んだが、土産におむすびひとつもらって平和に電車で帰宅→1時頃就寝。
10月7日(火) 昼頃起床。宿酔い。終日横臥。北千住(金継ぎ教室の申し込み)は今日もありらめた→昨夜の落語会の模様をまとめ。『五人廻し』のマクラで長嶋茂雄は吉原で遊んだはずだ、というくだりがあり、それを思い出していたら、老父は吉原で遊んだことがあるかないか、という疑問を思い付く。今まで考えたこともなかったが、状況から考えると可能性はゼロではないと思う→風呂→晩飯のおかずの残りを肴に一杯やって就寝。夜4時頃。
10月8日(水) 朝8時起床。ステッパー7分→昨日から『五人廻し』の登場順研究。ここまでで入船亭扇辰(おとついの高座)、古今亭志ん朝、三遊亭圓生、柳家喜多八、林家正蔵、古今亭志ん生、柳家さん喬と聞いて、これから立川談志。いまのところまったく同じ順なのは、正蔵とさん喬のみ(職人、通人、田舎客、官員、お大尽)。あとは全員ちょっとずつ違う。同じ人でも高座にかける度に違うのかもしれない(圓生は二席聞いたがそれぞれ異なっていた)。この研究になんの意味があるのかわからないが、しばらく続けてみたい→午後買い出し。梅田青果、ミートコンパニオン、甘ぼう、ピーコック。思ったより手間はかからなかった→おやつ後調理開始。麺つゆも仕込んだ→風呂→晩のお供はチャールズ・ウォルターズ監督の『上流社会』(グレース・ケリー、ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、ルイ・アームストロング、セレステ・ホルム)。呑気でよい映画。途中でうとうとしてしまったが→夜2時過ぎ就寝。
10月9日(金) 朝9時半起床。ステッパー7分→朝食後、北千住へ→ルミネにて金継ぎ教室の入会手続き→朝日軒で一杯。風通しがよくて、呑んでけんかしている客がいて、店主とおばちゃんは頼んだものだけを正確に出してくれて、酒を頼めば燗の加減を心得てて、猫が来たらやさしくし、それを尋ねたらにこりとだけ応える。料理が飛び抜けてうまいわけではないが、滅多にない感じの居心地のよさを感じる→日光街道から馬道を抜けて浅草まで歩く(少し遠回りもしたので二時間弱か)。途中三ノ輪の円通寺に立ち寄り、澤太郎左衛門君記念の松、の碑を拝む→浅草は大黒湯にふられ(内装工事中)、久々に蛇骨湯。こちらもきれいになっていた→やげん堀で七味唐辛子買ってから、地下鉄で渋谷へ→ドレスでB電子への土産買い、ついでにビール小瓶を一本→キリンシティのほうに渡るところで、タクシーが右折してきて一時停止したのを確認、道を横断したらタクシーがいきなり発進し、撥ねられる。タクシーはグリーンキャブ。すぐに運転手に前を見てたのか? と尋ねたら、見てませんでした、との由。こちらがほぼ道を渡り切ったところでの発進、接触なので、前方不注意は明らか→立ち上がれるかどうか不明だったので、路上に座ったままで救急車を待つ→救急車割とすぐ来る。救急車で恵比寿(目黒区三田)の厚生中央病院へ。レントゲンを取るが、骨折など骨への損傷はなし。打撲で全治一週間と診断→グリーンキャブの事故処理係の人が来て、まずは渋谷警察へ。調書を取られるが、こちらの見解と先方とで大きな齟齬はなかったようだ→救急病院と警察での事情聴取後、タクシー会社の人に自宅まで送ってもらう→早々に就寝。11時頃かな。
10月10日(金) 朝5時起床→人身事故の示談金の相場を調べたり、交通事故証明書を申請したり、Google Mapで現場付近の写真を探したりなど→朝食→朝一番で経堂整形外科へ→状況は昨日とほとんど変わらず→不足食料(葱と卵と牛乳)買って帰宅→加害者側の保険会社(あいおいニッセリ同和損害保険)より電話あり。今のところ態度は悪くはない→グリーンキャブの加害者運転手と事故処理係来宅。事故時の状況を再確認する。一応謝罪に来たとのことだが、玄関先で帰ろうとするし、直接の加害者である運転手には質問しても喋らせないしで、感じが悪いことこの上ない→午睡→夕方家内に付き添ってもらい新宿に出て、シネマカリテでテッド・コッチェフ監督『荒野の千鳥足』(1971年)の切符を買ってから、呑者家で晩飯。秋刀魚寿司がうまかった。ここはうるさいけど落ち着く→Second Lineでコロナ一本だけ→『荒野の千鳥足』、今日で終わりなので無理して見に来たが、クソ最低で素晴らしい。話は最低だが絵造りや音楽などもよい。確かにビールは呑みたくなるが、ひどく酔っ払うのはしばらく見合わせようと思わせる映画だった。ちなみに原作は、原作者のケネス・クックが「オーストラリアの田舎に憧れたが実際に行ってみたらひどく失望し、そこで出会った人たちに復讐するために書いた」らしい→平和に電車で帰宅→ビールでも呑んでから寝ようと思ったが、さすがに足をかばいながら歩いたりした所為かぐったり疲れ、横になったら即就寝。夜1時頃。

2014年10月06日

入船亭扇辰独演会

高円寺ちんとんしゃんにて。

普段落語を聴くのは寄席がほとんどなので、この噺家はいいなと思ってても15分を超える高座をじっくり聴いたことがない、ということも少なくない。

入船亭扇辰もそのひとりで、寄席でぼおっと高座を眺めててこの人が出てくると、その様子のよさにうれしい気持ちになり、噺を聴けばよい心持ちになるのだが、これまで独演会などに足を運んで30分、一時間という噺を聴いたことはなかった。

と、たまに呑みに行く高円寺ちんとんしゃんで独演会を催すというから、これはよい機会と出かけてみた。ちんとんしゃんでの落語会(ちとしゃん亭という)の高座はカウンターの中に設えられ、客席は高座にかぶりつきのカウンターと、カウンターの後ろに位置する入れ込みの座敷とに分かれるが、この日は靴を脱ぐのが面倒だったの、わがままを言ってカウンターに座らせてもらった。噺家に手が届くような近さだ。

前座は扇辰二番弟子の入船亭辰のこの『子ほめ』。しっかりとした『子ほめ』だった。うっかり笑ってしまうようなところはなかったと思うが、今後どのように個性が出てくるのかは楽しみに思った。

続いて入船亭扇辰『阿武松』(30分ほどだったか)。全体にきりっとした印象の芸で、それが小車/小緑(のちの小柳長吉/阿武松緑之助)の不器用な誠実さや、橘家善兵衛、錣山喜平次親方のいかにも信頼の置けそうな人物像を好ましく描いているなあと感じた。寄席でもよく思うように、扇辰は顔付きといい高座姿といい様子がよく、それもその印象の形成を助けているのだろうと思う。

仲入りはさんで『五人廻し』(40分近かったと思う)。冒頭の職人と、続く官員、田舎客、通人、お大尽の鮮やかな演じ分けを、至近距離で堪能した。ずっと高い緊張感を保ったまま時折爆発、という趣きで、途中すっと力が抜けるところはほとんどなかったように思うが、よい間で噺がぽんぽん進むので、気を抜かずに楽しめた。そしてその緊張感の持続が、喜瀬川の「これあげるから旦那も一緒に帰ってちょうだい」というサゲの“抜けた感じ”を際立たせていたように思う。

ちんとんしゃんは店自体が落語の舞台のような趣きがあり、特に『五人廻し』のような噺は、高座までの近さもあり自分が妓夫太郎になったり郭の客になったりするような気持ちにもなるところがまた楽しい(もちろんそう思わせてくれるのはここでの会に出られる噺家それぞれの芸の力が大きいわけだが)。この日も実によい会であった。

以下、この日の演目。

入船亭辰のこ・・・・子ほめ
入船亭扇辰・・・・・阿武松
(仲入り)
入船亭扇辰・・・・・五人廻し

***

以下余談。

打ち上げの際、辰のこさんの隣に座っていたのだが、少し酔いが回った私は、タチの悪いことに、かねてから疑問に思っていた「林家の兄弟は、落語界の中ではどう考えられているのか?」という疑問をぶつけてしまった。そしてその後扇辰師匠にも。一晩明けて素面に戻って思い出すと汗顔の至りだが、辰のこさんも扇辰師匠も、実に真摯にこの素人の失敬な質問に答えてくださった。

その内容は、もちろん私が今後林家兄弟の高座を聴く際の参考にするだけで、公にするつもりはないが、改めて感謝の意を表しておきたい。大変勉強になりました。

***

もひとつ余談。

二席めの『五人廻し』のマクラで、「吉原の消滅が昭和33年、長嶋茂雄が大学を出て巨人に入団したのも昭和33年だから、長嶋は吉原に行ったことがあるに違いない」というくだりがあった。

まあそれは、その、細い細い糸を無理矢理結びつけようとしているのになんだか説得力があるような話芸が可笑しい、という話なのだが(その場で聴いてこそ面白い)、しかしそんな風に考えると、私の父も吉原に遊びに行ったことがあるかもしれないと、昨夜の高座のことを思い返していてふと思った。

父と母が結婚したのは昭和37年で、そのとき昭和5年生まれの父は32歳。昭和33年時点では28歳。結婚前は亀有に住んでいたようだし、勤めは四ツ木の中川沿いの化学薬品工場だったと聞くから、可能性はあるな。私が生まれたのは町田で、その後転居した百合丘、調布、小平で暮らす家庭人としての父の記憶しかないわけだから、今までその発想はなかったのである。

まあどうでもよいような話ではあるが、今度一緒に呑むときにでも尋ねてみようと思う。当時の吉原の様子が少しでもわかれば、それもまた幸い。

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