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2015年08月31日

8月まとめ(21〜31日)

8月21日(金) 朝7時起床→慌てて金継ぎ教室の準備して北千住へ→今日は小皿の仕上とこれまで仕上げた皿二枚の掃除をするつもりが、茶碗の直しにも手を付け、けっこう慌ただしくなる。仕上げ用の漆+添加剤(早口)+薄め液の配合が今ひとつうまくいかなかった→教室後、新しく仲間になったY子さんを伴って研究所に顔を出し、その後朝日軒で一杯→特に研究所的なことはせず帰途に付く。帰りの電車ではさすがに熟睡した→経堂でとろろそば手繰ってから帰宅→帰宅後即シャワーで汗を流してから午睡→DUの原稿はOKだった模様だが、「ありがとうございました」しかコメントがないので実のところはわからない→『恋のつむじ風』(鍛冶昇。松原智恵子、太田雅子、長谷川照子、杉良太郎、丘みつ子、川口恒、和田浩治、山本陽子、岡田由紀子、久万里由香、斎藤チヤ子、新田昌玄、西恵子、沖雅也。1969、日活)見つつ一杯。話の設計が甘いので全体的に駄作の印象が残ったが、太田雅子時代の梶芽衣子や若い丘みつ子が見られるし、まあつまらなくはなかった。終幕に松原智恵子の困惑したような顔のどアップを唐突に映す演出は謎→0時頃就寝。
8月22日(土) 朝9時起床→宿に明日の到着予定時間ほか連絡→シャワー浴びて昼過ぎ新宿に出て、栂野さん(栂野眞二)の『タワシ王子の人生ゲーム』と白いばら山崎元店長(山崎征一郎)の『日本一サービスにうるさい街で、古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか』を購入→時間がないので草枕のカレーはあきらめ、都営新宿線で森下へ→森下周辺もその時間ささっと食べられるものでよさそうなのがなく、目的地へ急ぐ→black Aという小屋にて、黒田百合出演の、仲村みなみ脚本・演出、飛び猫舎『恋狂ひ 〜かぐや姫の恋文〜』拝見。かぐや姫の物語に独自の妄想を少し加えた朗読と舞踏および琵琶とチェロの生演奏。いろんな風景が見えてくるのが楽しく、そして美しかった。朗読者が劇中喉を潤すのに竹の湯飲みを使っていたのが面白かったが、聞けば黒田百合の思いつきとの由→終演後黒田百合と少し話したのち、新大橋を浜町へ渡り、噂のヤマザキで一杯。店長がおらず、本格的な呑みには突入しなかった→水天宮の祭りを横目で見ながら甘酒通りをぶらぶらしたが、浜町薮は休みだし、笹新はもう混んでて入りにくそうだったので、大通りに出て松竹庵という蕎麦屋で一杯→壽堂で土産の水ようかん買い水天宮駅から電車で帰宅→シャワー→晩のお供に『ひばりの森の石松』(沢島忠。美空ひばり、若山富三郎、加賀邦男、長島隆一、里見浩太朗、植木千恵、大河内傳次郎、阿部九洲男、吉田義夫、堺駿二。1960、東映)。前半中盤は思ったより地味でどうなるかなと思ったが、後半のレビューシーンやなぜかボーリング場があってそこでの乱闘など、好き者にはうれしい展開もあった→明日の仕度は明日にまかせて、夜11時過ぎ就寝。
8月23日(日) 朝5時起床→本日の道程確認と旅の荷造りほか→朝食べずに7時半過ぎ出発→近所のガソリンスタンドで満タンにしてから環八経由で外環道。なぜか大泉で乗りはぐり、和光から乗った。なぜ見落としたかは不明→渋滞もなく快調にドライブ。外環道になかなか乗れなかったのと休憩多めに取ったのとで、まあだいたい1時間くらいの遅れ→磐越道を磐梯河東で降りてから、曲がるところをひとつ間違え猪苗代湖の遊覧船乗り場に来てしまったので引き返す。その後はスムーズ→宿(芦名)に着いてクルマと荷物置き、歩いて会津若松市内へ。宿の人がみな美人で独特なオシャレなのに驚く→途中お秀茶屋で昼。名物の田楽がたいへんうまかった。陽気が涼しかったのも吉→続いて鶴ヶ城の天守閣に登る。城自体は後世の建築なので中から見るところは少ないが、天守閣からの眺めは素晴らしかった→城から降りて、タクシーで末廣酒造。ここでA間さんと合流し、試飲と買い物と蔵見学。同行の、高知出身という大正12年生まれのお婆ちゃんがやたらおかしかった。お元気で→七日町を案内してもらってから、徒歩で田季野に移動し晩。枝豆、鰊山椒漬け、棒鱈煮、鯉の甘露煮、鶏唐揚げ、馬肉煮込みでビールと末廣の御酒、そしていつものバカ話を堪能。〆に小露、よくばり輪箱飯、けとばし輪箱飯。お秀茶碗に続き、よい店を案内していただき感謝→タクシーで宿に戻る。武家屋敷向かいの厳しい屋敷は、バブル経済のころに建てられた今出来の建物であることを運転手に教えてもらう→宿に戻り一眠りしてから風呂→湯上がりにビール飲んで就寝。よる0時過ぎ。
8月24日(月) 朝7時起床→8時より朝食。囲炉裏で焼いてくれる塩鮭、卵焼きに大葉味噌、冷奴、きんぴらごぼう、豆腐と油揚のおつけ、ご飯、香の物(胡瓜、大根、人参、梅干しなど)。質素ながら贅を尽くした朝餉だった。おつけの出汁のおごり具合と味噌の濃さに感心した→私だけ先に出発し、羽黒山神社に参拝。1225段の石段は、多少斜めになっているところがあるものの神倉神社ほど過激な作りではないが、太り気味で体力不足の身体にはきつかった。1/3くらいで息が切れ肩と胃が痛くなり、半分を超えたところで軽い目眩を覚えたので、以降は疲れたら石段に座って休んだ。蚊はぜんぜんいなかったので助かった→おおついに社がと思ったらそれはフェイクで、そこからさらに20〜30段ほど上がったところが社だった。戸を開けて賽銭箱の賽銭を入れ、中を見回すとかなりの量の落書きが。落書きは社外面にもあったが、たいていは地元の中学生、高校生と思しき子供の手で「スポーツ大会で勝ちたい」といった内容だったので、これは余所者がなにか言うものでもないな、と考えた→下りは上りほどきつくはないものの、階段の幅と高さが微妙に大きく、かなり太ももの筋肉を使い、そして膝が笑った。これまた休み休み、ときにはセルフ・ポートレイトを撮りながら降りる→山を下り、東山温泉入口のY字路のところでO形と合流→武家屋敷の土産物屋を覗き、そこからタクシーと考えるも昼休みなのかタクシー来ず、周遊バス「あかべぇ」で七日町駅まで出る→まずは駅近くの蕎麦屋で一杯→会津漆、会津木綿の店などで買物し、昨日A間さんが推奨してくれた雑貨屋件喫茶店で一服。そこで疲れが出たので神明通りに出てタクシー拾って宿に戻る→手前で下ろしてもらい、東山温泉射的場で少し遊ぶ。なにも取れなかったが、セルフ・サービスなのには驚いた→宿に戻って風呂→晩は馬刺、イワナ塩焼き、枝豆、茄子煮浸し、ごぼうとニンジンの酢の物、トマトとアスパラガスのサラダ、地鶏つくね、地鶏塩焼き、もりそば。部屋でビール呑んだので、晩は御酒のみにする。料理はいずれも深い味わいが楽しかった。地鶏つくね辺りで腹がくちくなったが、なんとか食べ尽くした(〆のそばのみ一人前にしてもらった)。割に酔い、部屋に戻ったら、風呂はさぼって就寝。夜10時頃。
8月25日(火) 朝7時起床→朝食は鯖塩焼き、プチトマト、蕗煮付け、たらこ、豆腐と油揚のおつけ、ご飯、地鶏生たまご。さすがにお腹は悲鳴を上げそうだったが、ご飯はお代わりする。満足→部屋に戻ってから最後の風呂→10時過ぎにおいとま。クルマを動かしたら宿の美人たちが走りながら見送ってくれたのがとてもうれしかったな→会津武家屋敷の土産物屋でたんまり土産買う→続いて三万石で☆家への土産のエキソンパイを注文→飯盛山に立ち寄り、会津白虎隊の墓と自刃の地を見学。私はほとんど関係ないとはいえ、先祖が幕軍に参加した戦争の余波で若い人が無駄に命を落としてしまったことを噛みしめ、線香を手向けた→今回の旅の大きな目的のひとつであった栄螺堂(旧正宗寺三匝堂または円通三匝堂)も見学。入ってしまえば二三分でひと回りできてしまう規模だし、上り坂の天井が下り坂の床になっているとわかれば不思議はないが、それでも妙なる体験ではあった。かなり古いと思われる墨書きの落書きがあるのも可笑しい→会津を辞し、磐越道と常磐道でいわき湯本へ→高速道路を降りてからまた迷うかなと思ったが、ほぼ一本道でら・ら・ミュウに到着。震災から四年半経ち、一般市場としての機能も賑わいも、もう元通りなのかなと感じたが、実際はどうだろうか。市場内の寿司屋で昼にしたが、かなり繁昌していた→市場ではメヒカリと鯵の干物を購入、鯵の干物を買った店の親爺がなかなか調子のよい人物で楽しい。薦められるがままにウニの貝盛り(チリ産ムラサキウニをハマグリの貝殻にゴルフボール大くらいに盛って蒸したもの。ひとつ六百円)を食べたが、ふっくらしていたまことにうまかった。これで御酒をやりたいが、市場付近に宿泊しなければ無理だなあ→さらに塩屋岬灯台を目指してクルマを走らせる。海沿いを離れまた海沿いに出たとき、その地にある墓地が無事な様子と思いきや真新しかったり、さらに浜辺に新築の家屋が建っていたりするところに、言葉にはできない衝撃を受けた→さらに海沿いにクルマを進めると、海岸はまだまだどこまでも護岸工事の真っ最中だった。言葉を失う→塩屋岬に到着。灯台には登らずに、茫然と薄磯海岸の波打ち際から海を眺め、自然に黙祷した。「美空ひばり遺影碑」の前に立ったO形がとつぜん鳴り出す『みだれ髪』に驚いてうわあと声を上げてあとずさりしたのには笑った→元来た道を戻る格好で常磐道に乗り、途中で三度ほど休憩をはさみつつ、一路東京へ。大泉出口も環八もさほど混んでおらず、あっさり帰宅→荷解きもほどほどに風呂入ってビール一本呑んで就寝。夜0時過ぎ。DUから送られてきたデータの整理だけする。
8月26日(水) 朝8時起床→胃腸を休めるべく塩昆布と青ネギのスープのみで朝食→旅の最中の日記まとめて書く→昨日訪れた薄磯海岸の震災直後の写真をWebでいくつか見て憮然→一時間ほど午睡→夕方までにDUの録音起こし完了→夕方大崎へ。高岡大祐/レオナ/ダレン・ムーアのトリオ(於大崎l-e)→l-eの前に、途中にあるさんごという定食屋で一杯。悪くはないが、やはり朝日軒はすごいなと再認識→l-eはコンクリートのにおいが鼻につき、最初少し居心地悪かったが、ライブが始まったら気にならなくなった。高岡大祐はさらに変化を続けていて見たことのない風景をいくつも見せてくれたし、ダレン・ムーアは派手さはないと感じたのに実は引き出しが多く次から次へと面白くて心に響く音を繰り出し続けるし、そこにレオナが一本骨を通すという感じだったかな(レオナは踊っている最中の顔も面白い)。久々に心と身体が自然に踊る演奏を味わった。床のマンホールのフタを開けて独特の残響音をうまく使った展開もよかったな→終演後軽く呑んで平和に電車で帰宅。l-eが元Looplineだったとは初めて知った→帰宅後即就寝。夜1時頃。
8月27日(木) 朝10時起床。やっとメヒカリの唐揚げにありつく。相変わらずうまい→午前中にDUの原稿了→午睡→録画整理→晩に『クレージー黄金作戦』(坪島孝。クレージーキャッツ、浜美枝、園まり、有島一郎、藤岡琢也、藤木悠、十朱久男、飯田蝶子アンドリュー・ヒューズ。1967、東宝)見る。ミュージカルシーンが冷製に見ると貧乏臭いのにそうは感じさせないところなどは、何度見ても不思議→酔っ払って早々に就寝。
8月28日(金) 朝10時起床→録画整理など→Yえちゃんのお母様の通夜に行くO形を送ってマレットで遅い昼→オダキューOX、ミートコンパニオン、梅田青果、一力と買物して帰宅→晩の仕込みして風呂→『女囚さそり 701号恨み節』()見ながら晩→夜11時頃就寝→深夜2時頃目が覚めてしまい、『タモリ倶楽部』と『ようこそ迎賓館』(春風亭栄枝、百栄親子会)見る→朝方5時頃就寝。
8月29日(土) 朝10時起床→午後、O形実家へ。ご両親とも元気そうでなにより。会津土産の酒を結局飲み干してしまったが、まあこれも親孝行ではあろう。ご飯をいただいて、夕方6時過ぎおいとま→平和に電車で帰宅→帰宅後横になったらすぐ寝てしまう→そのまま寝たり起きたり。
8月30日(日) 朝9時起床→録画整理とウクレレの稽古と午睡→晩は演芸番組の録画を消化→夜1時頃就寝。風呂さぼったので明日は早起きだ。
8月31日(月) 朝8時起床→シャワー→9時半出発→11時にギタリスト都筑バクと雷門前で待ち合わせ。寄席を見てみたいというので演芸ホールに案内。その前に水口食堂で一杯→演芸ホールは余一で第三十四回初代林家三平追善興行。演目は下記のとおり前座、林家あんこ、つる子、なな子、まめ平、あずみ、はな平には間に合わず)。

林家たこ平・・・・・親子酒
林家ぼたん・・・・・松山鏡
林家たけ平・・・・・漫談
林家まる子・・・・・漫談
林家うん平・・・・・小言念仏
林家しゅう平・・・・袈裟と盛遠
林家ペタ子・・・・・ギター漫談
林家のん平・・・・・ぞろぞろ
林家かん平・・・・・寝床
林家英平・・・・・・マジック
林家錦平・・・・・・紀州
林家しん平・・・・・漫談
林家源平・・・・・・蝦蟇の油
翁家勝丸・・・・・・太神楽
林家三平・・・・・・漫談(香葉子乱入)
(仲入り)
林家ライス・カレ-子
 ・・・・・・・・・環境漫才
林家たい平・・・・・漫談
林家鉄平・・・・・・漫談
林家種平・・・・・・お忘れ物承り所
三増紋之助・・・・・曲独楽
林家正蔵・・・・・・漫談、寄席の踊り(蝙蝠)

大勢出てひとり頭の短い中、まあぼたんはひいき目なので除外するとして、しん平、たい平、種平はやはりさすがの腕。馴染みのない中ではたけ平、まる子、ペタ子、ライス・カレー子が印象に残った。全体にはお祭り気分の、楽しい芝居であった→終演後バクさんにご家族へのお土産にと梅園の場所を教えてから(自分の土産用に豆かん購入)並木薮でもう一杯。楽しんでもらえたようでよかった→けっこう酔って銀座線から千代田線、小田急線で平和に帰宅→帰宅後シャワー浴びてひと寝入り→起きて梅園の豆かん→ウクレレの練習少ししてから就寝。夜0時過ぎ。

第三十四回 初代林家三平追善興行

於浅草演芸ホール( http://www.asakusaengei.com/ )、昼席

大阪からの客人が「東京の寄席を体験してみたい」とのことで、ならばなるべく賑やかなほうがよいかなと浅草演芸ホールの「第三十四回 初代林家三平追善興行」に案内し、一緒に様子を覗いてきた。

ある種お祭りめいた雰囲気で、全体的には噺家も漫談が多かったけれども、初代林家三平一門(って書き方でよいのかな)の底知れなさをじっくり味わってみるという意味では私自身にとってもよい機会だった。

私個人の好みからは、やはりどうしてもしん平(残尿感やライザップをネタにした漫談)、たい平(笑点ネタの漫談)、種平(『お忘れ物承り所』を途中まで)といった辺りが頭ひとつ分飛び出て感じられ、惹き付けられた次第だが、噺家では来年3月に真打昇進するというたけ平の漫談(熱海と新婚旅行ネタ)、色物ではまる子のウクレレ(を持ってるだけで弾かない)漫談、ペタ子のほのぼの・しみじみしたギター漫談と歌、まる子の両親であるライス・カレー子の環境問題をネタにした漫才なども印象的だったかな。私があまり知らなかっただけですが、うれしい発見だった。

たけ平と同様に真打昇進予定のぼたん『松山鏡』も、一見地味な印象の中に妙なる色気と独特の可笑し味があってなかなか結構だった ー というのは、女流の中では多分今一番好きな噺家なので、多少のひいき目はあるが。

まあこういう会なので、マジックや曲芸も含め全体的にテンションが高めで息をつく間がなく、昼席だけでもふだんの寄席見物のときより多少の疲労感が残ったけれど、それもよい経験か。いや客人の案内ということで、朝の集合から寄席見物の最中ずっと呑んでたのも疲労感の原因だが……(という次第で、具体的な記憶はかなり欠けている) なおちなみに、この日は専ら一門のファンが集まるからか、大入りの割にはふだんの演芸ホールのような些か荒れた感じはほとんどなかった。携帯電話はたい平のときともうひとり誰かのときの、二度ほど鳴ってたけれども。

故初代三平のふたりの息子については、私はつい厳しい目で見てしまうのだが、この日は三平の漫談(楽屋話が中心)にいつものいやな暗さや滑舌の悪さがほとんど感じられず、また母親である海老名香葉子が乱入したり(お辞儀しただけですぐに引っ込んだ)、トリの正蔵が寄席の踊り(『こうもり』)を披露したりなど、なかなか楽しませてもらった。

とはいえ、いくらこういう会でも仲入り前とトリの両方が漫談っていうのもなあとは思うし、正蔵の踊りは格好をつけてるのか笑わせようとしているかが微妙でよくわからないところに居心地悪い印象があったけれど。あらま結局厳しい目で見てしまった。

以下、この日の演目。
(前座、林家あんこ、つる子、なな子、まめ平、あずみ、はな平には間に合わず)

林家たこ平・・・・・親子酒
林家ぼたん・・・・・松山鏡
林家たけ平・・・・・漫談
林家まる子・・・・・漫談
林家うん平・・・・・小言念仏
林家しゅう平・・・・袈裟と盛遠
林家ペタ子・・・・・ギター漫談
林家のん平・・・・・ぞろぞろ
林家かん平・・・・・寝床
林家英平・・・・・・マジック
林家錦平・・・・・・紀州
林家しん平・・・・・漫談
林家源平・・・・・・蝦蟇の油
翁家勝丸・・・・・・太神楽
林家三平・・・・・・漫談(香葉子乱入)
(仲入り)
林家ライス・カレ-子
 ・・・・・・・・・環境漫才
林家たい平・・・・・漫談
林家鉄平・・・・・・漫談
林家種平・・・・・・お忘れ物承り所
三増紋之助・・・・・曲独楽
林家正蔵・・・・・・漫談、寄席の踊り(こうもり)

2015年08月25日

栄螺堂(旧正宗寺三匝堂または円通三匝堂)見物記

栄螺堂(旧正宗寺三匝堂または円通三匝堂)

所在地:福島県会津若松市一箕町八幡弁天下1404(飯盛山中腹)
建 立:寛政8年(1796年)、正宗寺住職郁堂による
指 定:平成8年・国重要文化財
拝 観:9:00〜16:00(1月〜3月)、8:15〜日没(4月〜12月)。大人400円、高校生300円、小中学生200円
周 辺:厳島神社、白虎隊引揚の洞穴(戸ノ口堰洞穴)、白虎隊十九士の墓、白虎隊自刃の地、白虎隊伝承史学館など

栄螺堂見物記
※写真をクリックすると拡大されます。

栄螺堂右側面。会津白虎隊墓地のほうから訪れると、まずこの面を見ることになる。
栄螺堂正面。厳島神社(旧宗像神社)のほうから階段を上ると、正面が忽然と現れる。
なお厳島神社の境内には、会津戦争の際白虎隊が戦場から鶴ヶ城に戻るのに利用した戸ノ口堰洞穴がある。
栄螺堂左側面。こちら側から見ると、栄螺堂がいかに妙なる歪んだ建築物であるかがよくわかる。。
栄螺堂入口。栄螺堂を建立した郁堂禅師の像が出迎えてくれる。貼り札は入口だけでなく、堂内部にも夥しい数貼られている。
入口左手が昇り路。床には滑り止めの横木が張られているが、間隔がまちまちなのであまり安心はできない。天井は低く、身長170cm弱の私でも梁の部分で頭をぶつけそうになる。ちなみに昇り路の天井は、すなわち降り路の床である(天井から響く足音でそう気付いた)。
堂の中心部(つまり二重螺旋の中心)には、昇り路と降り路を相互に見通せる空間が設えられている。
奇妙な構造の建物に困惑の表情を浮かべる尾形先生。
昇り路を一周半登ると、堂中心部に降り路への繋梁が現れる。太鼓橋のような半円形の急勾配。
降り路は、実際には登り路と同じ勾配のはずだが、登るときよりも勾配が急なように感じる。横木にときおり、却って足を取られそうになる。
堂内には貼り札だけでなく、落書きも多い。
昇りと同じく、降り路一周半回ると出口に辿り着く。入口と180度反対側に出る格好になる。入口入って登り始めてからここまで、だいたい二三分の行程。この出口から回廊を辿って正面に戻る。なお出口脇の大きな文字は墨と筆で書かれたと思しいが、受付の方に尋ねたところ、これもまた落書きであるとの由。

参考

Wikipedia - 栄螺堂
会津さざえ堂公式サイト
全行程映像(Youtube)

2015年08月20日

8月まとめ(11〜20日)

8月11日(火) 昼前起床→『ビルマの竪琴』(原作:竹山道雄、監督:市川崑。安井昌二、三國連太郎、三橋達也、北林谷栄。1956、日活)見ながら、録画BD-Rのリスト入力作業。『ビルマの竪琴』は、話は今となっては絵空事と思ってしまうところも多々あるが、それでも要所で心を動かされ泣く。北林谷栄には笑うが→午睡→風呂→『社長道中記』見ながら晩→酔った勢いでギターの即興演奏をGarageBandに録音し、適当にエフェクターをかけたら簡単にそれっぽい音になり笑う→夜2時過ぎ就寝。
8月12日(水) 朝8時半起床→老父と回転寿しおよび食料買い出し→帰宅しおやつ(西瓜、カレーパン、ビール、即席ラーメンに胡麻と卵とネギと海苔)→ラーメン作り終えたところでガスの点検来たので仕事部屋に避難して食す→午睡→風呂さぼって『必殺仕舞人』と『笑点特大号』見ながら晩。いい加減酔っ払ったので0時前に就寝。入眠際に『喜劇 とんかつ一代』について、さるお方とTwitter上で会話したのがちょっとうれしかった。
8月13日(木) 朝6時起床→バナナシェイク飲んだだけで二度寝→午前11時頃起床→昼食べてから若干連絡業務(といっても仕事ではない)→パワーラークスに明日の老父宅での会食用食材を買い出し。いなだの刺身が半身で480円だったので今晩用に買ったが、果たして→シャワー→北海道のトウモロコシと、明日のステーキ用牛肉の切れ端で一杯→枝豆の冷製ポタージュとステーキ用牛肉仕込み→そのまま飲酒に突入→『必殺仕事人意外伝 主水、第七騎兵隊と闘う 大利根ウエスタン月夜』見て、あまりのバカバカしさに笑い、酒をこぼして食卓の上に置いてあったBD-Rディスクを酒浸しにしてしまう→続いて『徳川女系図』見るが、こちらは思ったよりバカバカしさが中途半端だったので途中で止して寝る→夜中に起きてBD-R洗い直してまた就寝。
8月14日(金) 朝10時起床→午後吉祥寺経由で老父宅。以前ステーキが食べたいと言っていたので、亡母の祥月命日(8/16)に合わせたお参りのついで、ステーキを中心にフライドポテト、鰯マリネ、サラダ(トマト、レタス、オクラ)、鮭骨缶詰、胡瓜とグリーンアスパラガスマヨネーズ味噌添え、枝豆の冷製スープ、バゲットなどで会食。食欲を見ていると、まだまだ元気でなにより→平和に電車で帰宅し、シャワー後即就寝。
8月15日(土) 朝7時半起床→O形外出後、昨日の食材のあまりを使って昼から自分で酒肴を作り飲酒→夕方出かけようと思ったところ、急用でき諦める→『続・社長道中記』(松林宗恵。森繁久彌、久慈あさみ、浜美枝、小林桂樹、加東大介、団令子、十朱久雄、三木のり平、淡路恵子、中島そのみ、山茶花究、藤原釜足、田崎潤、草笛光子。1961、東宝)見て就寝。
8月16日(日) 朝7時半起床→8時半頃出発し、多磨霊園へ。青木達之とお父上の墓参→久々にいつもの面々が集まったので、墓参後湧水へ。アルバイトと思しき店員の対応とか天つゆ追加が30円とか、なぜここだけがそんなに流行るのかという疑問が強まる。新蕎麦を使った九割蕎麦はうまかった→深大寺門前に移動し茶屋で休憩してから解散→帰宅後シャワー、ビール、午睡→晩は呑みながら『本日ただいま誕生』(原作:小沢道雄、監督:降旗康男。植木等、中村敦夫、川谷拓三、宇津宮雅代、山口いづみ、室田日出男、小夜福子、常田富士男、戸浦六宏、赤座美代子、嶺川貴子。1979、東映)とその発見ドキュメンタリードラマ『本日ただいま放送』(坪倉由幸 (我が家)、螢雪次朗、瀬戸さおり)を見る。映画本編は、戦渦からひとりの男が立ち直る過程を深く丁寧に描いた名作、とも言えるが、一方で植木等がクレイジーキャッツの匂いを拭い切っておらず(映画前半では拭い去ろうと努力しているがそれが叶わず、後半は開き直った、という風にも見えた)、見ているほうが感動するのか笑うのかが判然としない場面が多い点で、怪作の趣きもあり。でも見ていて無駄に嫌な感じや気を抜いたなを思わせる箇所はなく、繰り返し見たい作品ではあった→夜0時頃就寝。
8月17日(月) 朝9時起床→先日コード進行をまとめたブルースをギターで録音し、その上でソロを弾く練習などしてみる→昼頃から大雨→夕方シャワーで済ます→晩、『南の島に雪が降る』(原作:加東大介、監督:久松静児。加東大介、伴淳三郎、有島一郎、西村晃、渥美清、志村喬、三木のり平、三橋達也、森繁久彌、小林桂樹、フランキー堺。1961、東宝)見ながら飲酒。戦争映画にしては平和な描き方だし、笑いの場面もふんだんにあるが、それでも感極まって泣いてしまう→泣いたままわりと早めに就寝。
8月18日(火) 朝9時起床→朝からブルースのギターを練習。全然弾けない→夕方バスで用賀経由で宮前平。まずはスタジオ隣のすき家でビール→B電子とインプロ・セッション。今日はギターで参加。エフェクターはいにしえのディストーションといにしえのディレイ。結構燃えた。最後のディレイ全開で全開放弦を鳴らしたままのフィードバックからカットアウト、という展開はとても気持ちよくできたが、録音は果たして(この日の録音はカセットデンスケで行った)→一杯やって(B電子にご馳走になる)平和に電車とタクシーで帰宅→帰宅後シャワー浴びて即就寝。
8月19日(水) 朝8時起床→DUの仕事の録音起こし若干→B電子紹介のアルバイトの件連絡。やることになる→午前中老父を迎えに行き、いつもの回転寿司のあとホームセンターへ。それから生協で買物し送り届ける→帰宅直後に明日の待ち合わせ等決定→『柳家喬太郎の演芸図鑑』昨日の分見ながらビール→午睡→録音起こし終了。取材は大事だね。肝に命じよう→『笑点特大号』やずっと以前に録画しておいたバリの番組見ながら飲酒→とつぜん『Solomon Gundie』とフィリップ・スーポーの詩との類似や、『Shame & Scandal』と三笑亭笑三『息子の結婚』との類似などを思い出す→ついでにThe Hiltonairsの音源も聴く→明日早いので、0時過ぎ就寝。
8月20日(木) 朝5時起床→朝10時に葛西駅へ。B電子から紹介のA氏と待ち合わせ、タクシーで葛西市場へ→花き部にてシステムメンテナンスの間の清掃手伝い。休市日につき空調も動いておらず、かなり暑くはあったが、久々に身体動かしたので爽やかな気分でもあった→夕方作業終了し、バスで西葛西へ出て東西線で九段下へ→梅の湯で汗を流す→東京アチコーコーでウクレレ教室仲間およびO形と会食(Eちゃんが東京に来ていたため)。身も蓋もない話をいろいろして楽しい。今回は泡盛はやめにして、モヒートだけ。それほど酔わなかった→夜11時前にお開き。平和に電車で帰宅→DUの原稿上げてから就寝。夜3時頃。

2015年08月10日

8月まとめ(1〜10日)

8月1日(土) 終日やや腹痛→『とんかつの唄』、ウクレレを録り直し、歌を入れ、ピアノの二番三番の展開を考える。まあまあ悪くない形にはなったかな→『ジュラシック・パーク』見る。今となっては、ではあるが、封切り当時に見てたらさぞ面白かったろうとは思った。それと見ながらいろいろ突っ込めるのは、諸々含めて丁寧に作った証だろうとも思った→晩に軽く呑んで夜2時過ぎ就寝。
8月2日(日) 朝9時起床→ふと思い付いて、『とんかつの唄』にスネアとハイハット入れてみる。これはこれで難しい→朝食後、奏法を変えて何度か録音。二拍四拍のアクセントの叩き方、左手のブラシをスネアの上に置き、それを右手で叩くという方法が割とよかった→昼にビール→午睡→晩は外かなとも思ったが、適当につまんで呑んでるうちに腹一杯になり終了→少し横になってから風呂→ビール一本だけ呑んで就寝。夜2時頃。
8月3日(月) 朝8時起床→9時半頃浅草へ向けて出発→まずは水口食堂で一杯→幕が開く直前に浅草演芸ホールに潜り込んだが、すでにほぼ満席。なんとか座れはしたが、落ち着かないので途中から立ち見にする→昼席演目は下記のとおり。

春風亭かん橋・・・・狸の恩返し
三遊亭遊里・・・・・出来心
林家花・・・・・・・紙切り
三遊亭遊史郎・・・・引越しの夢
三遊亭遊之介・・・・浮世床
コント山口君と竹田君
 ・・・・・・・・・コント
春風亭柳橋・・・・・小言念仏
瀧川鯉昇・・・・・・鰻屋
北見伸&スティファニー
 ・・・・・・・・・マジック
桂伸乃介・・・・・・真田小僧
古今亭壽輔・・・・・漫談
ナイツ・・・・・・・漫才
笑福亭鶴光・・・・・漫談、踊り
春風亭昇太・・・・・漫談
ボンボンブラザース
 ・・・・・・・・・曲芸
三遊亭小遊三・・・・鰻の幇間
(仲入り)
噺家バンド大喜利 にゅうおいらんず(デキシーライブ演奏)
-曲目
導入 ユー・アー・マイ・サンシャイン
01 タイガーラグ(象ガーラグ)
02 私の青空
03 セントルイス・ブルース
04 聖者の行進

-メンバー
ギターバンジョー・・春風亭柳橋
クラリネット・・・・中村誠一
トランペット・・・・三遊亭小遊三
トロンボーン・・・・春風亭昇太
ピアノ・・・・・・・桂伸乃介
ベース・・・・・・・ベン片岡
ドラム・・・・・・・高橋徹

全体的に、毎年恒例のお祭り感に溢れた芝居だった。

ほぼ満席の割にはお客はお行儀がよく(招待券のお客が二階に上げられていた所為もあるかもしれない)、前座の春風亭かん橋から落ち着いて聴けたものの場内は静かな感じだったが、コント山口君と竹田君の温泉宿のコントくらいから笑いの渦が起き始め、春風亭柳橋『小言念仏』、瀧川鯉昇『鰻屋』、古今亭壽輔のボケ/嫁いびり/老齢化川柳の漫談にナイツの芸能界やスポーツ界のゴシップを全部塙自身の話として語るネタから親ばかネタの漫才、笑福亭鶴光の師匠松鶴の思い出話と踊り(『箱根八里の半次郎』を三番まで踊った)、春風亭昇太の主に笑点ネタの漫談という順に、ふだんの寄席では見られないような客席の沸き方が感じられた。

北見伸&スティファニーのマジックもふだんと比べても軽い興奮を誘うような勢いがあったし、ボンボンブラザースも同様。ボンボンブラザースといえば、鏡味繁二郎はこの日は薄いブルーで細い縞柄のジャケットにピンク(か薄い赤)の格子の少し大きなギンガムチェックのワイドスプレッドのシャツ、白いパンツという出で立ちでなんとも粋。いつも思うが、『ボンボンブラザース 365日の寄席衣装』なんていう写真集があったらぜひ欲しい。

さてお目当てにゅうおいらんずは、ソプラノサックスのミーカチントがぎっくり腰とかでお休みで、代演がクラリネットを携えた中村誠一でびっくり。たしか二曲めの『私の青空』だったか、さり気なく主旋律と違うフレーズを吹くと小遊三などがそれに釣られて演奏がグダグダになるという、爆笑の一幕もあったが、やはり全体的には演奏が(ミーカチントのときとは違った傾向で)ぐっと締まるなあと思った。

ちなみに昇太歌唱の『私の青空』では、今年も小遊三に(今年は家を昇太が新築したという話題を挟みながら)「狭いながらも楽しい我が家って、広いながらもさみしい我が家だろう」といじられていたのが可笑しい。

あとライブ終幕の『聖者の行進』は、今年は小遊三がサッチモ張りの歌も披露したが(その分『ハロー・ドーリー』を演目から外していた)、エンディングの“なかなか演奏を終わらせないミニコント”は桂伸乃介と高橋徹ではく小遊三と昇太によって行われていた。そういえば、メンバーひとりひとりが短いソロを弾いてから退場し最後に高橋徹だけが残されてしまう、という流れは今年は演らなかったな。

***

夜席も見ていこうと思ったが、昼席立ち見にした所為かなんとなくくたびれたので、

桂竹のこ・・・・・・弥次郎
三遊亭小笑・・・・・牛ほめ
檜山うめ吉・・・・・俗曲
雷門助六・・・・・・春雨宿

までで帰る。うめ吉『縁かいな』の踊りを(多分一年ぶりに)見られたので満足。

→ふと金寿司に寄ってみる。店内こんなに汚かったかな。蠅が二匹飛んでいた。しかし清酒白雪は美味く、仕込んだばかりの新子を握ってもらい、池波正太郎の昔話がいろいろ聞けた。女将の話し振りもすこぶる明晰で、こちらが喫煙者かどうか確認した上でライター型の楊枝入れをくれたり、おつりはいいよと言うといえいえこれを増やしてまた来てくださいと二百円返してくれたりと人情も細やか。うーん、せめて店内の空気をも少し入れ替えてたりすれば、ちょくちょく寄りたいのだが→梅園で土産の豆かん買い、浅草神社に参拝し、駅構内の文殊で蕎麦手繰って電車で帰宅→シャワー浴びて遅い午睡→少し晩酌して夜11時頃就寝。
8月4日(火) 朝9時半起床→O形掲載情報更新→今日は外出をやめて家にいることにする→接骨院は行くつもりだったが、なんやかやで結局行かず→『森繁対談』の高倉健の回のTV画面を録画し編集。最初iPhoneで撮ったらファイルが重過ぎて編集できなかったので、GR Digitalで撮り直す→午後から『日本女侠伝 血斗乱れ花』(山下耕作。藤純子、津川雅彦、山本麟一、遠藤辰雄、高倉健、大木実、水島道太郎、天津敏、中村錦司。1971、東映)と『弥次喜多道中記』(原作:十返舎一九、監督:千葉泰樹。加東大介、小林桂樹、大泉滉、乙羽信子、淡路恵子、徳川夢声、宝田明、三木のり平、柳家金語楼、有島一郎、草笛光子、水谷良重、三船敏郎、池部良、山茶花究、八波むと志、上田吉二郎、雪村いづみ、笈川武夫。1958、東宝)など見ながらだらだら呑み始め、夜0時頃就寝。
8月5日(水) 朝9時起床→『森繁対談』をYoutubeにアップし、ちんとんしゃん女将と俊さんに連絡→老父の買物付き添いと昼食。今日も回転寿し。慣れてくるとそれなりに快適な食事をした気になる。そして勘定が安い→ガソリン二千円分だけ入れて帰宅→シャワー→『弥次喜多道中記 弥次喜多道中双六』(原作:十返舎一九、監督:千葉泰樹。加東大介、小林桂樹、乙羽信子、淡路恵子、草笛光子、三好栄子、徳川夢声、横山エンタツ、鶴田浩二、清川虹子、有島一郎、笠智衆、団令子、東郷晴子、八千草薫、堺駿二、三木のり平、柳家金語楼。1958、東宝)見ながらなんとなく飲酒に突入→見終わってから入眠→日付変わる前に起床し『笑点特大号』見る。小学生の時分以来で毎週の『笑点』を楽しみにしているなー→夜2時過ぎ就寝。
8月6日(木) 朝9時半起床→昼前船橋五丁目接骨院。今日は一段階太めの鍼に電流を通してみる→帰宅、昼食後午睡→シャワー→千歳船橋からバスで用賀に出てから宮前平へ。駅前の蕎麦屋で一杯→山を登ってB電子へ。さいとうさんが売却したいというテレキャスターを見せてもらう。ネックの反りやオクターブの狂いもほとんどないし、ベースアンプだがアンプを通した音の微妙な表現を拾ってくれるところなども気に入り、購入を決める。よい買物をした→その後クラウド9スタジオに移動しバンド遊び→駅前のもつ焼き屋で一杯→楽器があるので用賀からタクシー。1650円なり→シャワーざっと浴びて就寝。
8月7日(金) 朝9時起床→シャワー浴びてから北千住金継ぎ研究所へ。今日またひとり新しいメンバー加入(教室も通うとの由)。今日は茶碗の仕上げその1。しげちゃんが12時間前に外に出しておいた漆を使い、乾き具合を試したら、塗り始めは不安が生じる硬度だったものの、食事に出たりして(朝日軒休みだったので天ぷらのいもや)二時間くらい放置しておいたらちょうどよい硬さ(少し硬めか)になったので、慌てて金を撒く。少し硬めな上に、中塗りが足りないところが沈んでしまったかな→大黒湯で汗を流す→久々に大はしで一杯やって帰る→北千住駅で若干戻したり、尿意に負けて途中下車したりしたが、あとは平和に帰宅→倒れるように就寝。
8月8日(土) 朝9時起床。今日は比較的涼しい→おとつい購入したテレキャスターをようやく引っ張り出し、少し弾いてみる→会津旅行の宿を選定し予約。泊まり賃も手頃でよさそうな宿だ→昼過ぎ、というか午後、新宿へ。まずはビルケンシュトックに底の張り替えを頼んでいたサンダルを引き取りに。当り前だが、新品同様になった。今後はライナーの交換まで行かないよう早めに修理に出すようにしたい→BR-Dディスクを100枚買い、経堂に戻る→少し時間潰してから魚ケンへ。須田さんが取材に見えていたこともあり、早めに店内に入れてもらえた。今日はとにかく新子と鱧、と思っていたら新さんまの刺身もあり、がつがつと注文。その後鰻肝、揚げたての厚揚げ、とうもろこしの天ぷらと節操なく注文し、はしたなくも新子を追加したのち、最後にウニ丼と赤出汁。久々にうまい魚を堪能できてうれしい→歩いて帰る途中、だんだん血圧が下がってくる→なんとか家に辿り着き、一応シャワーを浴びたり水風呂に浸かって汗を流してから即就寝。途中で左胸が苦しくなり、もう死ぬんではないかと思ったが、あれだけ魚を堪能したあとだから、死ぬには好機だったかもしれない→数時間寝て生還→会津の宿は「芦名」というのだが、そこから山田風太郎『柳生忍法帖』に登場する芦名銅伯の名を思い出し調べてみたら、芦名家ととても薄いとはいえ関連があると知り、少し興奮する(芦名家の末裔のどなたかに名前や三つ引き紋の使用許諾を取ったそうだ)→『必殺仕舞人』見たりギター練習したりしてから就寝。朝方5時頃。
8月9日(日) 朝10時過ぎ起床→小さい汎用アンプがあったのを思い出し、テレキャスターをつないで弾いてみる。やはりリアのダンカンのほうが表情も音量も豊かなのだが、ときどきフロントと切り替えることを考えると、バランスが悪い/または注意が必要と思った→夕方一杯やりながら『女番長』(鈴木則文。杉本美樹、太田義鈴、丘ナオミ、西来路ひろみ、衣麻遼子、池玲子、天津敏、荒木一郎、田中小実昌、宮内洋、遠藤辰雄、三原葉子、名和宏。1973、東映)見る。四作目にして題名が『女番長』だけになるのはどういう意向かな。内容よりもそっちのほうが気になる→午睡→シャワー→本日の『笑点』と、『ひばり・チエミのおしどり千両傘』(沢島忠。美空ひばり、江利チエミ、水原弘、安井昌二、千秋実、北龍二、清川虹子、由利徹。1963、東映)見ながら金宮酎ハイと御酒。『ローマの休日』を思い出して笑う→『ヨルタモリ』も見るが、なんか音頭を作るのは簡単だということになっているのかなと思い、とてもいやな気持ちになった→体重が72kgをマークしたので、炭水化物抜く→夜0時頃就寝。
8月10日(月) 朝7時起床→朝食後朝寝。やはり午前中は深く眠れるのだが、なんでだ→午後から『グラマー・エンジェル危機一発』(原題『Hard Ticket to Hawaii』、監督:アンディ・シダリス。ドナ・スピアー、ロン・モス、ホープ・マリー・カールトンロドリゴ・オブレゴン、シンシア・ブリムホール。Malibu Bay Films、1987)など見ながら録画整理等→一杯やって午睡→風呂→『ど根性ガエル』見ながら晩。技術的に奇を衒ったドラマである一方、人情の機微の描き方などはとても伝統的。まだまだ今のところ面白く見ている→深夜録画整理傍ら『ギャング対ギャング 赤と黒のブルース』(佐藤純彌。鶴田浩二、安藤昇、水島道太郎、戸浦六宏、渡辺文雄、室田日出男、二谷英明、佐藤慶、藤浩子、渡瀬恒彦。1972、東映)見る。おざなりなヤクザ映画と勝手に思って見たが、キャストといい藤浩子の不気味なエロさといい、たいへん満足。音楽が微妙にエチオピアのジャズ(ゲタチュウやムラトゥ・アスタケ)みたいだったのも、画面との塩梅が面白かった→朝方5時頃就寝。

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