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3月まとめ(11〜20日)

3月11日(日) 深夜起床。『笑う洋楽展』がひさびさに選曲も含めて面白かったので保存→『座頭市海を渡る』(原作:子母沢寛、監督:池広一夫。田中邦衛、勝新太郎、、千波丈太郎、守田学、井川比佐志、安田道代、東野孝彦、伊達三郎、山形勲、五味龍太郎、三島雅夫。1966、大映)。冒頭の音楽がかっこいい(伊福部昭ではく、斎藤一郎という人だった。『陸軍中野学校 密命』、『日本侠客伝』のいくつか、『座頭市鉄火旅』、『緋牡丹博徒 お竜参上』などを手掛けた人だ)。そしていきなり登場する田中邦衛のお喋りがまたいい。馬が市に斬られた井川比佐志を川に流してやるところから、市を井川比佐志の家に導く流れは名場面。すごい発想だなと思う。全体に、肝になる場面が演出も芝居も鮮やか。それは座頭市シリーズの特徴だろうが、最近そうでもない映画も見ていたので余計にそう感じた。落語の『長短』みたいな山形勲と三島雅夫の会話も面白い。安田道代扮するお吉の可愛らしい人物造形も魅力→『朝を呼ぶ口笛』(原作:吉田稔『新聞配達』、監督:生駒千里。加藤弘、真塩洋一、瞳麗子、沢村貞子、佐山彰二、田村保、吉野憲司、田村高廣、織田政雄、井川邦子、羽江まり、鳥居博也、殿山泰司、土紀洋児、吉永小百合、山内明。1959、松竹)。原作は読売新聞社全国中小学生綴方コンクール文部大臣賞受賞作。吉永小百合のデビュー作で、まだ端役だが、すぐあとの青春もので少し顔がむくんだような作品と比べると、本作のほうが魅力的だと思った。貧しいなりに楽しく暮らしているが肝心なことがうまくいかない市井の人々を誠実に描いた地味な映画ではあるが、演出も芝居もとても丁寧で引き込まれる。みんなでカンパを集めているときの沢村貞子の「いい話だねえ」には感動させられる。主演の加藤弘がとてもよいのだが(劇団こまどり所属)、出演映画はこれのほかは翌年の『まぼろし探偵 地底人襲来』だけのようだ。どんな事情があったのだろう。監督の生駒千里の作品で見たのはほかに『日本よいとこ 無鉄砲旅行』だけで(柴田錬三郎原作の『図々しい奴』も撮っているが、これは1964年の東宝谷啓版ではなく1961年の松竹杉浦直樹版で、こちらは見ていない)、どんな特徴の監督かわからないが、この映画はよかった。物語を貧乏人は貧乏人のまま手を取り合って明るく暮らせ、と取ると辛いものはあるが→『うず潮』(原作:林芙美子、監督:斎藤武市。吉永小百合、山内賢、沢村貞子、浜田光夫、相原巨典、石山健二郎、奈良岡朋子、三崎千恵、河上信夫、東野英治郎、高野由美、田代みどり、堀恭子、榎木兵衛、林寛子、藤村有弘、嵯峨善兵、平田大三郎、石丘伸吾。1964、日活)。吉永小百合顔太り始めかな。この頃も悪くない(特に東野英次郎にお酌している場面や『証城寺の狸囃子』で踊る場面)。その東野英次郎扮するおいちにの薬屋も、今となっては記録映像としても貴重かもしれない。貴重と言えば、子役時代の林寛子の映像も貴重か→以上、ビール呑みながら。朝方6時頃就寝→昼過ぎ起床、白湯→風呂→『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』(原作・監督:山田洋次。渥美清、倍賞千恵子、下絛正巳、三崎千恵子、前田吟、太宰久雄、レオナルド熊、佐藤蛾次郎、杉田かおる、松村達雄、竹下景子、中井貴一、関敬六、長門勇、笠智衆、吉岡秀隆、梅野泰靖、八木昌子、穂積隆信、石倉三郎、あき竹城。1983、松竹)。兄弟間(博の)の亡父の遺産に関する諍いが主題のひとつかと思ったが、そうはならなかった(あっさり遺産は分割されたようだ)。とらやを訪ねた杉田かおるを追いかけてきた中井貴一を受け入れるとらやの面々の暖かさには泣かされた。仏門に入ろうという寅を見放した御前様においちゃんが「三日坊主ですね」と冗談を言ったのを受けた御前様が「冗談を言ってる場合じゃありません」と突っ込むのが可笑しかったな→『与太者と芸者』(原作:柳井隆雄、監督:野村浩将。坂本武、磯野秋雄、三井秀男、阿部正三郎、突貫小僧、若水照子、光川京子、市村美津子、戸田誠一郎、河村黎吉、河原侃二、若水絹子、花岡菊子。1933、松竹キネマ)。「与太者」シリーズは全11作あるそうだ(要確認)。与太者三人組は行動がちょっとカフカ的なようにも思ったが、果たして。それにしても、食べ物にまつわる笑いの多い作品だが、この時代はそういう傾向なのかな。笑いとしてはあまり感心しなかった(アクションでの笑いのほうはなかなかだったが)。もひとつそれにしても、坂本武はいい顔をしているなあ。そして与太者といってもコミカルないい人たちで、笑いもはさまれるが話は悲恋ものであった→午前2時頃就寝。
3月12日(月) 朝9時起床、白湯→昼過ぎ浅草へ。画伯からの手ぬぐいのお礼に入山煎餅購入が主目的→田原町で降りてまず並木藪と思ったら、観光客の列ができてたのでひとまず素通り。ならば先に入山煎餅と思ったらこちら臨時休業。途方に暮れて水口食堂でとんかつで一杯(ぬる燗二合)→浅草神社にお参りしたら、そうだストリップを見て帰ろうと思いつきロック座へ。なんと素晴らしいショウだろう。缶ビール三本→堪能して梅園で豆かん買い、念のためと並木藪の前を通ってみたらすいてたので御酒一合とざる二枚→いい気分になったので、浅草橋まで歩き、さらに神田、神保町と歩いて、最後は水道橋に辿り着き、そこから平和に電車で帰宅。歩行時間は本日は一時間半といったところか→帰宅後即就寝→深夜起床し、呑みながら録画消化→午前2時頃就寝。
3月13日(火) 朝9時起床→すぐに、まずは自分の分の大豆を洗って浸漬→昼ごろN村組分の大豆も洗って浸漬→部屋片付けと掃除→牛すじ煮る→『斬る』(原作:柴田錬三郎、監督:三隅研次。藤村志保、毛利郁子、天知茂、細川俊夫、浅野進治郎、市川雷蔵、渚まゆみ、稲葉義男、浜田雄史、友田輝、南部彰三、成田純一郎、万里昌代、丹羽又三郎、柳永二郎。1962、大映)。序幕の藤村志保の登場と狼藉が衝撃的。続いて天地茂と来るのに痺れる(あとでその役目とそれを実行する様子にもっと痺れる)。市川雷蔵や浅野進治郎ののほほんとした明るさが序幕と対照的で、始まって10分で惹き付けられる。上映時間が一時間強と短いため序盤のテンポが速い所為もあろう。じっさい、襲われたあとの浅野進治郎の独白が始まるまでの省略のうまさはとても小気味いい。中盤の(40:10〜)、多勢と弟の乱闘に裸で乗り込む万里昌代の脱ぎっぷりとカッコよさにも痺れるし、痺れっ放しだ。千葉道場主との「見事な腕を持ちながら、浪人しておられるとは惜しい。推挙したいところがあるが、仕官なさるお気はないか」「世の中を捨てたのです。誰に仕える気もありません」「生きている人間は世の中を捨てるわけには参らぬ。あなたの剣は生きている。剣とともにあなたは生きるべきです」「邪剣です」「知っている。邪剣を試しに我が千葉道場を選ばれた」「我が剣を破る者があれば、剣とともに私も滅びたいと思ったのです」「あなたの剣を破ることはできる。しかし、共に私も倒れます」「わかっていました」「邪剣も使う人間によっては、正しく生きるでしょう」「そうありたいが」という会話も感じ入るものがある。そのほかにも庄司嘉兵衛あっという間にまっ二つとか、刀取られて梅の枝一本で闘うとか、見所満載→『華麗な関係』(原題『Une Femme Fidèle』、原作:ピエール・コデルロス・ド・ラクロ、監督:ロジェ・ヴァディム。ジョン・フィンチ、ジゼル・カサデス、ジャン・メルメ、ケイティ・アメーゾ、シルヴィア・クリステル、ナタリー・ドロン、召使い、マリー・ルベー、アンヌ・マリー・デスコット、ジャック・ベルティエ。1976、仏Alpha France)。美人(シルビア・クリステルとナタリー・ドロン)が出てくるとカメラがぐっとアップに寄るのが可笑しい。作ったほうにそのつもりはないかもしれないが、バカ映画のにおいが濃い。シルヴィア・クリステルの「貧民は怖いわ」という台詞など大笑い。農民の結婚式で演奏される音楽はバグパイプっぽい楽器が使われていたが、19世紀のフランスにああいう楽器/音楽はあったのだろうか。そして野外のパーティながら、踊るのは地面に敷いた板の上。その辺の史実も知りたい。そんなにぐっとくる映画ではなく、途中からどうでもよくなってしまったが、ロジェ・ヴァディムが撮った映画だから、そういうところはどうでもよくて、愛するしかないな→午前0時頃就寝。
3月14日(水) 朝7時半起床。豆煮る準備(豆を鍋に移す)してシャワー→『追跡者』(川島雄三。佐野周二、幾野道子、山本礼三郎、徳大寺伸、殿山泰司。1948、松竹)。台詞がいちいち気障で面白い(特に佐野周二と幾野道子)が、会話のテンポや間や抑揚がよくて耳で聞いているだけでも楽しい。階段で誰かが必ずなにかを落とすのは、なにかのメタファーか?(と思ったら伏線だった) デビュー作『還って来た男』で驚いたような才気ほどのものは感じなかったが、喜劇でない路線としては『深夜の市長』よりこの先の可能性を感じさせる作品なのだなと思った→豆煮始める。最初の30分〜一時間くらい、泡が次々に湧いて出て焦ったが、地道に取りながら差し水をしていたらすっと出なくなった。あとはご指南に従い蓋をして放置→午後Yピン夫人、F式氏来訪。味噌の仕込みと宴が同時開始となる。豆潰したり麹と塩と混ぜて発酵容器の底に叩きつけたりなどを、Yピン夫人のために実演→その後Yピン夫人のお友達やYピンも到着し、途中寝たり最後に『混血児リカ』見たりしながら宴。夜十時頃お開きとなり、そのまま即就寝。
3月15日(木) 朝7時頃には目が覚めたものの、強烈な宿酔い。老父には申し訳ないが、本日は失敬させてもらう→なにか腹には入れたが、基本終日横臥→夕方風呂→昨夜の残りもので晩→録画整理→一日ほとんど何もしなかったが、財務省の公文書改竄問題の報道には(Twitterの投稿も含めて)ずっと触れていた。無責任なのを承知で言えば、東日本大震災を“ゼロに近いところから国を立て直す機会が到来”と捉えることもできたのに、その直後から今まで却って国を壊していった、その結果が明るみに出始めたということではないかと思う。むろん、積極的に加担したわけではないが、自分の無力さとも向き合わねばなるまい→結局一日の終わりまで宿酔い残る。午前1時頃就寝。
3月16日(金) 朝9時起床→大豆第二弾を浸漬→O形サイト更新(絵日記)→午後ちんとん原稿完了→夕方乃木坂へ。経堂からバスで渋谷に出てそこから歩いて、と思ってたら途中で雨降り出し、渋谷に着いたら結構な降り。しかし渋谷から乃木坂はタクシー以外は歩くしか手がなく(いやまあ銀座線で表参道乗り換えはあるが、面倒臭い)、結局歩く。45分くらい→乃木坂に着いたらちょうど本日の会場であるBAR COREDOが開いたところで、最後列のテーブル横に陣取る。本日は酒はなしでジンジャエール→本日は黒田百合の黒猫舞奏『離髪 RE-HATSU』( http://www.kuroyurhythm.com/news.html#re-hatsu )で、お誕生日でもあり、十年伸ばした髪を舞台の上で切るという、記念すべき?公演。音楽は斎藤ネコのヴァイオリンのみで、踊りも音楽もすべて即興。一応大まかな枠組みがあって、途中でおしゃべりコーナーなどもはさまるが、全体としては黒田百合の公演にちしてはゆるい構成のように感じた。が、鏡を見ながら髪を梳いたり着替えをしたりくるくるワイパーで床掃除をしたり、といった素材を取り込んだ踊りになるにつれ、一本なにかが通ったような気になり、その辺りから興味が湧いてきた。最後にはカットシザーを手に持ち、乱舞しながら自分の髪をばさりばさりと切っていく。他の動きはある程度普段の稽古で反復できようが、これはそのつもりしかできないわけだから、かなりの緊迫感をも伴っていた。だいたいぐるりが同じような長さになったところで、踊りは終了。黒田百合は踊り終わると「流血したー」と叫んでいたが、実際に頭のどこかを切ったらしい→斎藤ネコのヴァイオリンは、近しい人たちが周囲にいる割には初めて聴いた。いくつもの音色を同時に発する和声が独特な感じで、一度聴けば斎藤ネコの音だとわかるよう。でももっといろいろな引き出しはあるのだろう。ヴァイオリニストについては好き嫌いが割と出てしまうのだが、好き嫌いで言えば真ん中から好き寄り半分かな→今日は呑まないつもりだったのですぐに帰ろうと、冗談混じりに「お大事に!」と声をかけておいとま。帰途は千代田線と小田急線で平和に帰宅→風呂→本日も酒抜きで晩飯→午前2時頃就寝。
3月17日(土) 朝10時半起床→昼ごろから味噌第二弾仕込み開始→『忍びの者』(原作:村山知義、監督:山本薩夫。市川雷蔵、西村晃、伊藤雄之助、加藤嘉、中村豊、岸田今日子、水原浩一、沖時男、藤原礼子、浦路洋子、真城千都世、伊達三郎、城健三朗、丹羽又三郎、千葉敏郎、小林勝彦、藤村志保。1962、大映)。コントラストの高い白黒画面だが、どこか柔らかい独特に思える風味がまず印象的(続くシリーズでどのようなテクスチャーになるのか興味があるので備忘)。市川雷蔵が他作品とはまた違った魅力を放つが、あっと驚く百地三太夫の伊藤雄之助と、織田信長の城健三朗(若山富三郎)の、それぞれ狂気を孕んだ怪演もよい。忍者屋敷のからくりなどもぐっとくる。そして技術能力のあるなしに関わらず、操られる立場の人間の哀れなことよ→『続 忍びの者』(原作:村山知義、監督:山本薩夫。市川雷蔵、加藤嘉、城健三朗、松本錦四郎、山本圭、東野英治郎、藤村志保、石黒達也、浜田雄史、伊達三郎、山村聡、坪内ミキ子、永井智雄、須賀不二男、黒木英男、玉置一恵、中野清。1963、大映)。一作めの終わりから始まるので、当然前作と同じ色調だった。子供を殺された石川五右衛門が紀州雑賀に移り鈴木一党(雑賀党)に身を寄せるというのは、熊野好きとしては備忘。しかし、原作が名作だからなのだろうが、歴史に材を取ったフィクションとしては、着想は飛躍しているのに派手過ぎずかといって地味過ぎず、いい味わいの映画化だと思う(石川五右衛門の末期や辞世の句を詠むところが描かれなかったが、それやったらやり過ぎか)。どの立場の人の気持ちも同じように手厚く描いているところも素晴しい。前作では藤林長門守の配下の役で見せどころが少なかった伊達三郎が、本作では服部半蔵役で活躍→味噌第二弾は結局ひとりで最後まで仕込んでしまった。重しは第一弾も塩袋に入れ替え→勢い余ってナスのアチャール、ニンジンのライタ、キャベツとオクラとオイルサーディンのクッチュンバー、チャナのダール作ってバスマティご飯の用意も行う→風呂→晩は三日ぶりにビールも飲んでお腹いっぱい→午前2時頃就寝。
3月18日(日) 朝9時頃起床、白湯→荷造りして横浜へ。副都心線が東横線乗り入れになってからもう何度も乗っているはずなのに、乗車時間が一時間に満たない(45分)というのには驚かされる→ニューグランドにて荷物預かってもらい、ロビーラウンジで一杯やってから、私だけ一足早く楽園へ。混み具合を調べるためだが、まったく混んでいなかった。先に入ってさらにビール→O形が姪っ子夫妻を引率してきたので、以前から気になっていた巻揚、その他適当に頼んで会食(牛のセンマイ炒めがなるほどのうまさであった)。味も含めて、なんだおか穏やかでよい店であった。若い夫婦も人懐っこくて礼儀正しくて好感を持った。よい昼の宴だった→若い夫婦にお土産によさそうなところを案内し、ニューグランドに戻って珈琲。そこで別れて部屋に入りしばし午睡→ちょいと寝坊し慌てて桃源邨へ。今回の人選の顛末について説明を受けたのち、あとはいつも通りの会食。酔蝦(酔っぱらい海老)があるというので試してみたが、なかなか強烈な美味。豆腐じゃんと油条は前回同様楽しんだが、最後に思いつきで頼んだイカと筍とピーマンの炒め物がちょっとうまくて驚いた→金陵に移動と思ったが本日はすでに閉店していたので、上海料理の萬来亭へ。スペアリブの香り炒めは覚えておこう。上海焼きそばはみんなには不評だったが、私は好きだな→私の希望でノルゲというバーに移動。それほどこれという特徴のあるバーではないが、落ち着けてよい。ギムレット三杯→これで解散となったが、まだちょいと小腹が空いていたので、ジャズのライブなどもやる491Houseに閉店ぎりぎりに入れてもらいアンチョビピザ→宿に戻って即就寝。
3月19日(月) 朝10時起床、まあまあの宿酔い。ぎりぎりまで寝ていたかったが、喉が乾いて何度も目が覚めた→11時にチェックアウトし、宿に荷物を預かってもらってまずは安記で遅い朝粥→ブラジルで珈琲、と思ったら店をやめてしまっていた。なんとも寂しい。店のおばあちゃんはいらしたので、おつかれさまでしたとご挨拶→元町まで歩き、いつものはちみつ屋ではちみつ購入→清風楼でシウマイ、謝甜記で粥を購入→ローズホテルで休憩→同發で月餅と肉まん購入→あとは桃源邨で油条だが、まだ開店時間でないので、ニューグランドに戻り荷物受け取って、コーヒーハウスで買い物したものを旅行鞄に整理しつつ一服→桃源邨の開店時間になったので向かうが、定休日の札に気づく。最初に訪れたときは木金だったを、今回と同じ日月だったと勘違いしていた→ということで残念ながら諦めて、平和に電車で帰宅→昨年同様、明治神宮前では千代田線から小田急線への直通が来たので、今年も乗り換え一回で済んだ→経堂に着いてオダキューOXで卵等買い、タクシーで帰宅→午睡→風呂→清風楼のシウマイ、謝甜記の粥で晩→録画整理しつつ荒木経惟を追ったドキュメンタリーを見てから就寝。朝方5時頃。
3月20日(火) 朝8時半起床、白湯→粥製作して朝餉→二月から三月にかけての日記を校正して3月10日分までを公開→ちんとんしゃん冊子原稿校正(五本)→続いてB電子原稿。締め日なので請求書も作成→『乳房』(原作:竜村伊九与、監督:吉村操。琴糸路、水島道太郎、藤間林太郎、松道枝、高村栄一、大山デブ子、橘喜久子、八田なみ志、春水渓子、山縣隆。1937、大都劇場)。義姉のへたくそな字でウソをならべたひどい無心の手紙に心が痛くなる。物語とはいえ、松道枝扮するお茂のようなこういう人はほんとうにいたんだろうし、女が女を(弱者が弱者をと言い換えることもできよう)搾取するというのも今なお改めて考えるべき問題だと思う。そのひどい仕打ちを受ける琴糸路のはかない美しさといったらない。着物を取られたときの八田なみ志(琴糸路の娘役)の表情がまたよい(さぞかしうまい子役だったのだろう)。大山デブ子の芝居を見られたのも収穫→晩飯製作→晩飯後、もう一度『乳房』見てから就寝。夜10時頃。

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