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5月まとめ(1〜10日)

5月1日(火) 朝10時起床、白湯→文鳥の小松菜交換に成功→『神様メール』(原題『LE TOUT NOUVEAU TESTAMENT』、監督:ジャコ・ヴァン・ドルマル。ピリ・グロワーヌ、ブノワ・ポールヴールド、ヨランド・モロー、ドミニク・アベル、ロラ・パウウェルズ、ディディエ・ドゥ・ネック、ローラ・ヴェルリンデン、ロマン・ジェラン、デヴィット・ムルジア、セルジュ・ラリヴィエール、フランソワ・ダミアン、カトリーヌ・ドヌーヴ、マルコ・ロレンツィーニ、アンナ・テンタ、サンドリン・ラロルシュ、ビラル・アヤ、アンヌ・パスカル・クレールムブール、ジャン・リュック・ピロー。2015、仏白ルLe Pacte)。世界中の人々の余命が明らかにされてしまう、という単純な仕掛けだが、話の転がり方がとても面白い。失われた手のフィギュアスケートとか。神様が自分がいたずらに作った“普遍的な不快の法則”に苦しめられるのも可笑しい。そして最後に人類がみな幸福になるそのなり方が、出鱈目でよい。しかし見方によっては男性優位、男性中心、男性を軸に構築されてきた社会(宗教も含む)の終わりを告げる映画でもあるな。それはそれでよいと思っている昼、蕎麦屋二軒にふられ代一元。その後オオゼキで買い物→iPhone用の無料シンセアプリをいくつか落とし、モノトロン・ディレイとの組み合わせを試す。結局GarageBandに付いてた馬頭琴をモノトロン・ディレイに通すとサイケっぽくて『Rain』に合うような気になってきた。あと二日検討→シャワー→小ニンジン三本使ってアルーマサラのニンジン版製作。その他も野菜中心→『ジャージー・ボーイズ』(原題『JERSEY BOYS』、監督:クリント・イーストウッド。ビンセント・ピアッツァ、クリストファー・ウォーケン、ジョン・ロイド・ヤング、マイケル・ロメンダ、レネー・マリーノ、エリック・バーゲン、マイク・ドイル。2014、米WARNER BROS.)。フォー・シーズンズがなぜこういう音楽に夢中になったのかや、お手本にしていたコーラス・グループなど、あるいは交流のあった音楽家などがまったく描かれておらず、なんだか現実味を得られないまま話が進んでいった。登場人物の何人かがとつぜん説明役に回るという手法はまあ面白かったか→けっこう酔っ払って就寝。0時過ぎ。
5月2日(水) 午前11時起床、白湯→筍アク抜き→『老人の恋 紙の力士』(石川均。ミッキー・カーチス、奈良坂篤、井手規愛、丸純子、加藤潤、勝矢、吉田大蔵。2010、アルゴ・ピクチャーズ)。丸純子自体もエロいが、カメラもエロい。前半は爺の夢のような映画であった。独居老人の唯一の趣味が紙相撲というのは、物語の中でどれほどの意味があるのかは初見ではわからなかったが、たとえば囲碁将棋やあるいはゴルフなどのスポーツと比べて、映画の味わいを出す素材としてはよい選択であると思う→風呂→晩飯製作。マサラおから、三種のダール、オイルサーディンオーブン焼き、筍ソテー、茹でニンジンと新玉葱とちりめんのサラダなど→『チチを撮りに』(中野量太。渡辺真起子、松原菜野花、柳英里紗、小林海人、滝藤賢一、今村有希、二階堂智。2013、デジタルSKIPステーション)。主演の渡辺真起子が醸し出す生活感の表現がとってもよい。『老人の恋 紙の力士』もそうだったが、今現在の生活感を表現する映画もよいものだなと思った。柳英里紗もよかったが、子役の小林海人が素晴しかった。あとおじさん(滝藤賢一)がほんとうはいい人だと示す表現方法もよかったし、遺骨を川に投げ捨てるシーンも泣けて笑えた→腹一杯で就寝。午後11時半頃。
5月3日(木) 深夜起床。日記整理→『忍びの者 霧隠才蔵』(田中徳三。中村鴈治郎、島田竜三、須賀不二男、月宮於登女、田村和、成田純一郎、城健三朗、市川雷蔵、磯村みどり、小林勝彦、追っ手、水原浩一、伊達三郎、木村玄、中村豊、黒木英男。1964、大映)。徳川家康が「情報」という語を口にするが、これは明治時代にinformationの訳語として考えられた新しい語ではなかったかな。あと筧十蔵が張り付けになっている背景の空が、恐らくセットの描かれた空だと思うのだが、塗装がひび割れていたりするところもおいおいと突っ込みたくなるが、それ以外はまあ満足。霧隠才蔵が墓の下から復活するところは、そう来るとは思っていたが(家康もそう思ったそうだ)笑った→『悪名無敵』(原作:今東光、監督:田中徳三。勝新太郎、田宮二郎、大杉育美、千波丈太郎、八千草薫、藤岡琢也、戸田皓久、春本富士夫、藤村志保、水原浩一、花澤徳衛、。1965、大映)。八千草薫がバーの女(娼婦)役で出演。これが似合ってなくて可笑しい。朝吉が温泉場で出会った女(藤村志保)が、実は朝吉を追う組の女親分という設定が面白いな。それ以外は単純な筋立てだなという印象。つまらないわけではないが、物足りなくないこともない→朝8時半就寝→昼頃起床、白湯→ウクレレのメトロノーム練習と立って動きながら弾く練習。ぐったりするくらいやった→iPhoneとモノトロン・ディレイによる『Rain』即興を録ってみる。なかなか面白い。明日はこれで行こう→シャワー→晩飯製作。適当にやろうと思ったが、キャベツを千切りにしといたのにニンジン千六本と新玉葱薄切りのツナサラダ、納豆オムレツ、筍付焼きなどを製作。ご飯も筍ご飯にした→『団地』(阪本順治。藤山直美、斎藤工、岸部一徳、大楠道代、石橋蓮司、麿赤兒、三浦誠己、冨浦智嗣、竹内都子、濱田マリ、原田麻由、滝裕可里、宅間孝行、田井弘子、小笠原弘晃、堀口ひかる、中山卓也。2016、キノフィルムズ)。明るさと暗さ、笑いと気味の悪さの塩梅が面白い。この世のほうがあの世より非科学的というのも面白かったし、終盤のあっけらかんとUFOが出てくる展開には驚いた。思わぬ拾い物→午前2時頃就寝。
5月4日(金) 朝8時半起床、白湯→iPhone+モノトロン特訓。よい感じになったが本番では果たして→ウクレレもひと通りメトロノームでおさらい→シャワー→荷造りして午後2時前吉祥寺に出発。小田急線(準急)も井の頭線(各停)も実に空いていた→吉祥寺に着いたら小腹空いてたのでC&Cでポークカレー小盛りで一杯。駅ビルが建て代わりC&Cが復活したときは喜んだものだが、しかし訪れたのは初めてだ(我ながら心ないと思う)。だが、店がこぎれいになった分、他のカレーチェーンとあまり違いを感じられなくなったようには思った。味よりもあの階段の踊り場のような場所の奥にあった薄暗い佇まいがよかったのだろう→会場には5分ほど遅れて到着。しかしひとつ前のライブの余波と、まあ文化祭のような雰囲気で出展者が次々たかしま君のギターを触っているので、なかなかサウンドチェック開始できず。結局4時近くなってからだったか。サウンドチェックですでに演奏が競争するように速くなっていくので、「速いよ」と一喝→その甲斐もあってか、本番はテンポに関しては落ち着いていてよかった。細かいところは、本番では聞かないようにしている部分が多いので不明。iPhone+モノトロン・デュオは本番ぶっつけということもあり(それは言い訳にもならないが)、思っていたのの10分の1も表現できなかったが、物珍しさもあるのか(それほど独創的なことではないが)、ふたり演奏に反応して質問してくださった方がいた→打ち上げには三々五々集まることにし、O型と⭐︎君とでモアにて一杯→打ち上げはいせやですきやき。銀座の吉澤より好きかもしれないな。すき焼きは特に食べ歩いたわけではないので、私には今半本店かここでよい→平和に電車で帰宅。くたびれたので即就寝。0時前。
5月5日(土) 深夜起床し録画整理。実写版『天才バカボン』の第三弾はまったく期待しないで見たが(全二作も見てないが、“役に立たない機械”が出てくるというので見てみた)、意外に面白かった。TVの旬の(いささか旬の外れた)人気者や人気芸人を適当に出演させた粗雑な作りにも見えるが、気の配り方の細やかさも感じた。まあとってはおかないとは思うが→朝方小腹すいたので即席ラーメン食べて二度寝→昼頃起床→次のライブの冒頭でやる予定の『Blackbird』を、Tしま君ソロではなくバンドでやってみたいと思いつき、まずはギターの練習。ビートルズのスコアによれば私が覚えたのとは違ってスリーフィンガーだったので、戸惑いつつも譜面の通り弾けるよう努めてみる→S田来訪。文鳥の引き取り。毎日餌をあげ水を替え、さすがに一週間も一緒だったので寂しい気持ちになるが、土産にトカイアスー5プットニョスをくれたのでうれしい→夕方千歳船橋方面に出て、未訪問の蕎麦屋(一仁)を試そうと思ったら予約で満席。そこでエンドロールで先週食べて感激した「フォアグラのソテーブリオッシュのフレンチトースト苺バルサミコのソース」をもう一度食べようということにする。ワインを注文しようとしたら女将がピノー・デ・シャラントという、大雑把に言うと、未発酵の葡萄果汁にコニャックを混ぜて熟成させた、酒精強化ワインの一種を勧めてくれて、これがまた見事な組み合わせだった→トカイの土産とエンドロールのピノー・デ・シャラントをきっかけに、帰宅後以下のような文を思いつき、Facebookに投稿。

中欧東欧への旅に出るという友人の愛鳥(文鳥二羽)を一週間ほど預かったところ、土産にハンガリーのトカイアスー5プットニョスをくれた。

毎日餌をあげ水を替え、ようやく馴染んだ(と、こちらが勝手に思っている)可愛らしい文鳥が帰って行ったのは寂しいが、代わりにトカイが来たのはうれしい。埴谷雄高の随筆に出てくるのを読んで知ってはいたが、以来四半世紀も不精を決め込み、飲んだことがなかったのだ。また入手がとても難しいこともないのかもしれないが、近辺の酒屋でちょいと気軽に買って帰れるような酒でもない。

ちなみにその随筆によれば、埴谷雄高はこの「『甘口』のワイン」である「トカイ・3プットを一日一瓶」空けており、「『死霊』がさらにさっぱり進まぬ最大理由の真因にそれがまさになっているといわねばならない」と書いている。『死霊』は、「さっぱり進まぬ」ままだったと私などが断じてよいかどうかは知らないが、結局未完となった。

甘い酒と言えば、本日たまたま近所の西洋食堂で出してくれたピノー・デ・シャラントという酒はうまかったな。大雑把に言うと、未発酵の葡萄果汁にコニャックを混ぜて熟成させた、酒精強化ワインの一種だそうだ。

先週そこで食べた「フォアグラのソテーブリオッシュのフレンチトースト苺バルサミコのソース」をもう一度食べたくなり、意地汚くも本日再訪したところ、これが合いますよと勧めてくれたものだが、先述の埴谷雄高の随筆ではないが、『甘口馬鹿』になりそうな組み合わせであった。まだまだ知らない味わいがあるものだと、少し長生きしてみたくなった。

連休といってどこかに遠出するようなこともないけれども、まあ今年はよい思い出ができましたなというような話でした。

→というような話を文にまとめてみたら、意外に時間をかけてしまった→『Let It Be』ボサノバ化案が出てたので適当に弾き語って動画にしてみる。そういえば昼間『Here Comes The Sun』や『Lucy In The Sky With Diamonds』を(後者は無理矢理)ボサノバにしたら面白かろうとも思った→『座頭市血煙り街道』を途中まで→午前3時過ぎ就寝。
5月6日(日) 朝8時半起床、白湯→粥製作→『Blackbird』の演出案やり取り→午後、クルマでスカパラ青木と父上の墓参。ゴミ拾いを兼ねてのつもりだったが、意外にきれいだった。深大寺(深水庵)には寄らずに帰る→風呂→早い時間から飲酒開始→『座頭市血煙り街道』(原作:子母沢寛、監督:三隅研次。勝新太郎、近衛十四郎、斎藤信也、磯村みどり、朝丘雪路、中尾ミエ、水原浩一、なべおさみ、田武謙三、松村達雄、高田美和、伊藤孝雄、小池朝雄、坪内ミキ子、小沢栄太郎、杉山昌三九。1967、大映)。冒頭からアカペラの勝新の歌が堪能できる(太鼓が入るところがまたかっこいい)。「やな渡世だなあ」はこの作品が最初かな?(記憶曖昧要確認) 始まってすぐに歌う中尾ミエの歌と曲がよいのだが(和楽器を使った歌謡ロック)、これも伊福部昭かな?(これまた要確認) その辺もあって前半は引き込まれたが、朝丘雪路率いる旅芸人一座とはあっさり別れてしまうし、そのあとは今までに比べて少し薄味な気がした。私の感覚がもう麻痺しているのか、あるいは他の興味に心奪われていながら見たからかもしれない→『とんかつ大将』(原作:富田常雄、監督:川島雄三。坂本武、佐野周二、津島恵子、三井弘次、角梨枝子、高橋貞二、小園蓉子、北龍二、幾野道子、設楽幸嗣、徳大寺伸、長尾敏之助、美山悦子。1952、松竹)。この映画の佐野周二はものすごくいい男だと思う。なれるものならこういう男になりたかったな。そして失礼も喧嘩も含めて出てくる人たちがみんな美しい。人間社会はいろいろなことが複雑に絡み合っているわけだが、その複雑な絡み合いがこんなに美しければいいな、と思わせられる映画。ただ、北龍二扮する弁護士とか(佐野周二の元妻の現旦那をたぶらかす)、いい条件(と思われる条件)の呈示に無邪気に喜ぶ長屋の人たちの描写は冷徹な視線だったかもしれない。富める者対貧しき者の対立の中心にいい男がいてそれをいい女ふたりが争う(その喧嘩のまた艶やかなこと)、という構図は、現実的ではないだろうが、映画としてはとても面白い。やはり日本映画史に残る作品だと改めて思う→飲み始めれば酒はうまく、結構飲んでしまった。〆にトカイアスー5プットニョスとハンガリーのチョコレート→就寝時間不明。
5月7日(月) 午前11時頃起床、軽い宿酔い→『Blackbird』の編曲と音源制作作業に取り掛かる。スリーフィンガーのギターとベースを打ち込み、それに合わせてベース、アコースティックギターの順に録音(アコースティックギターはフルアコで代用しようと思ったが、エレキエレキした音が録れたので、アコースティックギターで録り直し)。ドラムはあとから打ち込み。リードギターはめちゃくちゃ簡単にした(それでも曲の中での効果は出ていると思う)。最後にバードコール、バードホイッスルを四種録って完了。結局半日、というか丸一日かかった→午前2時頃就寝。
5月8日(火) 朝8時半起床、白湯→風呂→朝食にビール→今日は映画三昧。まずは『続やくざ坊主』(池広一夫。勝新太郎、大川修、石山健二郎、内藤武敏、朝丘雪路、木村玄、沢村宗之助、遠藤辰雄、小柳圭子、松尾嘉代、尾上栄五郎。1968、大映)。出だしの音楽がやたらにかっこいい(渡辺岳夫という人が音楽担当)。海女さんの着替えを覗いている勝新からの音楽の展開(般若心経の「観自在菩薩行」だけを繰り返し歌う)がまたよい。その後もタンゴを素材にした勝新と宿の女中のちょっとしたやり取りがあったりなど、音楽的な仕掛けが面白い。勝新扮する竜全は、座頭市とはまた違う独特な人物を作り上げていると思う。『悪名』や『兵隊やくざ』と同様シリーズ化の可能性もあったのだろうなあと想像する(大映が傾き始めた所為だろうか)。芝居、演出、音楽など全体の味わいとして、二作めにしてシリーズなりの魅力を確立したように感じたので、二作で終わったのは残念に思う。それにしても、正体がばれたあとの松尾嘉代の変貌ぶりは魅力的。勝新が丸太三本を素手でへし折る立ち回りもすごい→『多羅尾伴内 戦慄の七仮面』(原作:比佐芳武、監督:松田定次、小林恒夫。片岡千恵蔵、山茶花究、宇佐美諄、花柳小菊、安宅淳子、清村耕二、南原伸二、柳永二郎、千石規子、田代百合子、片岡栄二郎、十朱久雄、薄田研二、加藤嘉、須藤健、東郷たまみ、コロムビア・ローズ、立松晃。1956、東映)。このシリーズに限ったことではないが、片岡千恵蔵は観客を笑わせようとしているのだろうか(今回は特に王介雲の扮装)。あとこれも本作に限ったことではないが、多羅尾伴内(というか藤村大造)の捜査はとてもコスト・パフォーマンスが悪いと思うのだが、収入や資産管理はどうなっているのだろうか。そして本作では多羅尾伴内(というか藤村大造)の作戦は結構失敗していて、アジトを見つけられるは、被害者の家族は捕らえられるは、人死にも出るはなのだが、大丈夫なのだろうか。あと警察は多羅尾伴内の存在は認めているが、藤村大造のことは知っているのだろうか。ちなみに本作ではヴェルレーヌの詩集が暗号のタネに使われるが、最後に朗読されるのは旧約聖書 - 詩編の「悪しきものになづまず、つみびとの道に立たず、嘲る者の座にすわらぬものは幸いなり」で、千石規子が(多分藤村大造を指して)「私ははじめて神様にお会いしましたよ」という。なんなんだ→『多羅尾伴内 十三の魔王』(原作:比佐芳武、監督:松田定次。志村喬、神田隆、片岡千恵蔵、進藤英太郎、高倉健、片岡栄二郎、宇佐美諄、高木二朗、星美智子、高峰三枝子、中村雅子、明石潮、三島雅夫、三浦光子、花澤徳衛、関山耕司。1958、東映)。シリーズ初カラー作品(東映スコープ)。画質を見ると、保存状態もあるだろうが、前作からの二年での映画技術の向上に改めて目を見張る。ちなみに高倉健シリーズ初出演作で、松田定次のシリーズ最終作。老人の警官(もちろん藤村大造の変装)がバーのマダムをとつぜん訪ねてきて仕掛けのあるハイヒールを見せて「私の友人の印度人の魔術師ハッサンカンが……」と話し出すなど怪し過ぎて可笑しい(そしてハッサンカンは実際に出てきてアブサン飲んで火を噴いたりする)。片岡千恵蔵と志村喬の乱闘場面はいわゆるお宝ものか(志村喬はあっさり死んでしまった)。高倉健と高峰三枝子にも期待したが、まあそんなでもなかった。進藤英太郎のひとり二役と、老警官からの正体暴きには笑った→『多羅尾伴内 七つの顔の男だぜ』(原作:比佐芳武、監督:小沢茂弘。中原ひとみ、中山昭二、山形勲、片岡千恵蔵、佐久間良子、東野英治郎、江原真二郎、久保菜穂子、宇佐美淳也、星美智子、喜多川千鶴、進藤英太郎、安部徹、富田仲次郎、御橋公、阿部九洲男、花澤徳衛。1960、東映)。片岡千恵蔵での最終作。今回も手品師が登場。千恵蔵は手品好きなのか(「香港から?」「イエス」という会話がなんだか可笑しい)。それにしても誘拐事件を解決し囚われた娘を救うのに、香港の富豪の息子の第一第二第三夫人を選ばせる設定をする、というのは大袈裟というか無駄で可笑しい→0時過ぎ就寝。
5月9日(水) 深夜いったん起床し、『多羅尾伴内 七つの顔の男だぜ』を復習→再び寝て、朝8時起床、白湯→老父買い物付き添い。深水庵、サミット、クリーニング屋→先日のライブの映像を見る。全体的に各曲とも無駄に速くならず、適当に聞いたら落ち着いた感じに聞こえるのはまあよかった。ウクレレ、アコースティックギター、フレットレスベースにエレキギター一本だけという布陣も、ドラム編成よりもバンドとしての個性が際立つと思う。しかし各自が走るところや突っ込み過ぎのところ、しくじるところは相変わらずあって、これだけ指摘したり解決方法を示しているのに一体なんだと思う。あとたかしま君と納富さんは、もっときちんと音楽を聞く作業をしたほうがよいと思った。自分がいいと思った音楽のどの部分がどんな風にいいのか、先に言葉にしようとするのではなくまずは身体と感覚で理解して、それを言葉に置き換えて整理して自分の演奏に活かしていくという作業をしないとこれ以上どうにもなるまい→動画の感想をバンド宛に投稿。

全体的に各曲とも無駄に速くならず、適当に聞いたらまとまってて落ち着いた感じに聞こえるのはまあよかったです。

ウクレレ、アコースティックギター、フレットレスベースにエレキギター一本だけという布陣も、去年に比べたら板に付いてきた気がするし、ドラム編成よりもこのバンドの個性が際立つと思いますね。5/20はドラムで行くと決めたのでそれでよいですが、今後この編成をメインにしてもいいくらいじゃないかな(今回は直前に思いついていきなりやったので、私のモノトロンは自分では満足してませんが)。

ベースの音が聞こえづらいのはまあ確かにそうですが、サウンドチェックでよくても客が入るとまた変わりますから、本番でのバランスの調整は場慣れというやつですかね。PAがない場合は、当事者(この場合はさいとうさん)だけでなくて、周囲のどうしても目立ち気味になる楽器(今回は納富さんのエレキギターだし、ドラムがいる場合はドラム)の人も気をつけるべき問題と思います。

昨年に比べて少しは成長のあとがあったと思います。

ダメ出し部分に関しては聞きたいかどうか皆の希望を聞いてからにすることにした。

次は簡単にダメ出しをと思ったけど、

1 今すぐここで読みたい。
2 今度会ったときに直接聞きたい。
3 5/20の本番が終わるまでは聞きたくない。

のいずれでしょう?

→みんな今聞きたいということなので、以下の文を投稿。

全体的にまとまりがあって落ち着いた感じだったのはよかったですが、(以下は自分にも向けて)各自が走るところや突っ込み過ぎのところ、しくじるところは相変わらずあって、それは今まで指摘した(あるいは本人が気が付いていて練習時に口に出していた)のとだいたい同じようなところです。

もういちいち具体的な指摘はしませんので(それはやるならスタジオで)、自分でこの動画を何回も見て、自分がここで走ってしまうとか周囲より早く入ってしまうとかつっかえてしまうというところを把握し、本番中にその部分でこそ落ち着けるような工夫や心の準備をしてください。

以前から言っているとおり、どれだけ練習しても弾けない箇所や不安な箇所は簡略化してもよいですし(もちろん音楽的に間違った簡略化はダメですが)、なんならもう「そこは弾かない」というのも選択肢です。弾けない、弾かないならそれはそれで、全体としてどう解決しようかは考えます。

もうひとつ、こう言ったら悪いけれども、たかしま君と納富さんは、もっときちんと音楽を聞く、音楽と向き合う作業をしたほうがよいと思いました。

実際どんな音楽をどれくらい聞いているのかは知りませんが、リズムへの乗り方、流れの中での抑揚の付け方、場面場面での音量や自分の存在感の調整など(その曲ごとの、あるいはステージ全体の流れの中の文脈の理解と言ってもいいかもしれない)に注目して今回の動画を見たりこれまでの演奏を思い起こしたりすると、音楽を聞く体験の浅さが演奏に出ているような気がします。

自分が聞いていていいと思った音楽の、どの部分がどんな風に自分にとって素晴らしいものなのか、先に言葉にしようとするのではなくまずは身体と感覚で理解し、自分の楽器でそれを再現してみようと努めて、そうしながらそれを言葉に置き換えるなど整理して自分の演奏に活かしていくという作業を、意識的かつできる限り徹底的にしたほうがよいですよ。録音音源を聞くでもライブを体験する場合でも。

言うのは簡単でもけっこう大変な作業だし、私も言うほどできてませんし、アマチュアで楽しくやってるのにそこまで考えるかという問題はあります。

しかし少なくともそれを継続的にやっていこうとするのと、表面的に同じように弾ければいい(音符をなぞってればいい)と思ってるままなのとでは、大きな差が出ます。実際、キチレコの他のバンドや、PFでご一緒する人たち(まあだいたいアマチュア)と比べると、その差は出てる。

たとえばスタジオで音出して遊んだり、PFなどで仲間内だけ集まってもらって忘年会ライブをやったりするくらいならよいけれども、アマチュアの趣味とはいえ今後もキチレコや他のイベントに呼ばれたら受けて演奏するつもりなら、その作業をやっていかないともうきつい段階に入ってるんじゃないかな。

今回、「全体的にまとまりがあって落ち着いた感じ」に感じたので、そういうところが余計気になりました。メトロノーム練習もスケール練習ももちろん大事だけれども、その前に音楽との向き合い方も大事ですよと。

以前から薄々思っていたことが、今回のライブを反芻して明確な言葉になりました。言い方を変えれば、自分はどれだけ音楽を好きなのかを問い直す、という話でもあります。

→夕方高円寺へ。Webでちょいと検索して気になった 花菜 (KHANA)というインド・ネパール料理屋へ。まずはパパドとモモ、そのあとはスクティにしようかそれともネパールにこだわらずにカレー一種類とサフランライスにしようかと悩んでいたところ、東ネパールの納豆キネマを使った品書きを発見。サフランライスの上に目玉焼きが乗せられ周りをオクラとニンニクとスパイスを混ぜた大量の納豆が囲んでいるプレートだが、これが日本の納豆ご飯とほとんど変わらず、そしてうまい。店の人も親切だったので、また来よう→ウーハにてA木さん参加の士業バンドのライブ見物。音楽的にものすごく独創的だというわけではないが、基本はきっちり押さえた上で、自分たちの仕事や生活やその年齢なりの日常のことを客観的に捉え、面白く料理して聴き手に届ける工夫はすごいなと思った。見習いたい→終演後すぐにご挨拶しておいとま。このバンドに入りたいのでなにか士業の資格を取るという冗談を言ってみる→ちんとんしゃんで一杯だけやって、平和に電車で帰宅→今日のライブはA木さんに許可を得てiPhoneで録音したので、ボーカルの言葉がなるべく聞き取りやすくなるように編集作業(EQ調整)→午前2時頃就寝。
5月10日(木) 朝9時半起床、白湯→午後川島雄三を二本→『天使も夢を見る』(原作:藤沢桓夫、監督:川島雄三。鶴田浩二、佐田啓二、小林十九二、磯野秋雄、大杉陽一、小藤田正一、幾野道子、河村黎吉、津島恵子、細川俊夫、森雅之、女優、坪内美子、長尾敏之助。1951、松竹)。河村黎吉が理解のない鬼社長という設定だと思うが、その割にはなんだかほのぼのしていてよい。社員寮も『オオ! スザンナ』を歌い踊り狂ってるし呑気である。鶴田浩二も佐田啓二も爽やかだ。みんな爽やかだったり遠慮がなかったり物わかりがよかったり奥ゆかしかったり優しかったり。ここにある問題と言えば野球部の存続問題と社長が外に作った子供のふたつだけで、それもすんなりと解決してしまうが、それでいてじんわりと感動を覚えるよい映画であった→『適齢三人娘』(原作:中野実、監督:川島雄三。津島恵子、吉川満子、幾野道子、若原雅夫、大坂志郎、増田順二、坂本武、西條鮎子、小林トシ子、十朱久雄、細川俊夫、小林十九二。1951、松竹)。出だしはスクリューボール・コメディっぽい。にしてはゆっくりめのテンポだが、いい調子ではあるし、まあ洒落てるし、旧華族(斜陽族)をモデルにしたスクリューボールというのも面白いと思う(幾野道子の世の中の簡単な裏も知らないお上品な感じがとても素敵だ)。増田順二の斜陽のただ中でありながら軽薄な旧華族っぷりがよい。主要登場人物が会いそうで会わずしかしいい間(悪い間)で会ってしまうような人間模様パズル的なところは、『州崎パラダイス赤信号』の趣も感じられた。最後のほうはこの速度と間合いだとちょっとだれるかなと思ったが、でもいい映画だと思う→晩の支度を簡単にしてから風呂→時計修理屋から電話。ずっと使ってなかったので電池の液漏れなどもあり、分解掃除に費用がかかるとのこと。これでちゃんと直せば、電池交換以外はずっと使えるそうだが、総計六万円なり。一日検討させてもらうことにする→『笑点特大号』に出てたモノマネの君島遼がちょっと気になる。モノマネは似てなかったり似てても面白くなかったりするのだが、女性演歌歌手にしか反応しない変態性と妙な色気がなんだか気になるのである→『黒い指の男』(飯塚増一。高倉健、加藤嘉、柳谷寛、二本柳寛、ピーター・ウィリアムズ、須藤健、山本麟一、日尾孝司、故里やよい、佐久間良子、小野透、吉川満子、春丘典子、花澤徳衛、長谷部健、杉義一、萩原満。1959、東映)。地味だけれども、時代の流れについていけないやくざの葛藤の苦悩や周囲の人の人情がぎゅっと凝縮された感じの佳作→0時前後に就寝。

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